【石川一雄さんは無実です。ただちに再審開始を】

24歳で逮捕された石川さん(左)。78歳になった今も無実を訴え続けている
24歳で逮捕された石川さん(左)。78歳になった今も無実を訴え続けている

 事件発生から半世紀以上が経過した今も犯人とされた石川一雄さんは無実を訴えつづけています。他のえん罪事件でも様々な証拠ねつ造が明らかになっていますが、狭山事件でも「万年筆」をはじめ多くの疑惑の証拠が存在しています。私たちの狭山事件のすべての証拠の開示、証人尋問・事実調べ、裁判のやり直しを求めています。

 

 2010年の三者協議ではじめて証拠が開示され、2017年5月現在までに187点の証拠が開示されてきました。弁護団は開示された証拠を分析し数々の新証拠を提出し石川さんが犯人ではありえないことを証明しています。ぜひ無実の証拠をご覧いただき、狭山事件の再審闘争へのご支援をお願いいたします。

 ※このHPに掲載する画像は弁護団提出の鑑定書に掲載されているものも含まれており、無断での転載を禁止させていただきます。

 


【最新情報】

脅迫状は99.9%別人 弁護団が新鑑定を提出

 狭山事件弁護団は脅迫状の筆跡が99.9%の確率で石川さんと別人のものだとする新たな鑑定書を2018年1月15日に裁判所へ提出しました。

 弁護団はコンピューターを使って筆跡鑑定を研究する東海大学の福江潔也教授に鑑定を依頼。犯人が残した脅迫状でくり返し使われていた「い」「た」「て」「と」の4文字を石川一雄さんの筆跡と比較したところ、脅迫状の筆跡と石川さんの筆跡は形が大きくずれていて、99.9%の確率で別人のものだと考えられると証明しました。 

 

画像はNHKニュース番組で紹介された時のものです。下記アドレスをクリックするとニュースを見ることができます。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180116/k10011290101000.html?utm_int=nsearch_contents_search-items_001


署名活動のお願い

現在、狭山事件の公正な裁判ー事実調べ・再審開始を求めるために署名活動をおこなっています。2017年1222日に裁判長が交代し、新しく後藤眞理子裁判官が就任しました。下記アドレスをクリックすると後藤裁判長宛の署名用紙が表示されます。印刷していただき、多くの人へ署名を呼びかけてください。

三者協議で開示された証拠をもとに弁護団はこれまで多くの鑑定書を提出してきました。それらをもとに事実調べをおこない再審開始実現を求めるためにも高裁高検への要請はがき行動や、後藤眞理子裁判長宛の署名行動を各地で展開しましょう。

 

http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2018/01/fcda0f3b603d2562563228628422e71f.pdf

 


石川一雄さん新年のごあいさつ

全国の狭山支援者の皆々様、明けましておめでとうございます。

 

昨年も私なりに精一杯の闘いを展開して参りましたが、期待に反し、再審裁判もかなわず、結果的に今年も支援者皆さんにご迷惑、ご心配をおかけすることになってしまい、大変申し訳なく済まない気持ちで一杯です。三者協議は34回を重ねましたが、弁護団の正当な証拠開示請求にもかかわらず、検察官は「必要性がない」などと開示に応じようとせず、遅々として重要な証拠の開示が進まぬ現実を直視すれば、或いは検察当局は、私が死ぬのを待っているかのごとくさえ感じてしまいます。だとすれば、私は意地でもとことん長生きしようと、常に自分を戒め、言い聞かせ、冤罪を晴らし、完全勝利するまで権力に対峙して参る所存であります。

 

弁護団は、下山鑑定にひきつづき、私の無実を示すさまざまな新証拠を提出しており、それによって、年々狭山事件の真相を知って下さる人たちが多くなり、時には集会等に向かうために街頭を歩く私の姿を見て「石川さん応援しています。元気で頑張って下さい」と声をかけて下さる人が多くなり、確実に支援の輪が広がっていることを実感しています。加えて政府も部落差別の実態を認め、201612月に「部落差別解消推進法」の制定を勝ちとりましたが、法律をどのように具体的に活用していくかが重要であり、人権教育や啓発の重要性も取り上げられている事を鑑みれば、狭山事件への波及効果、運動の推進にも無関係ではないと思われます。

 

元より日本国憲法では「基本的人権は侵すことの出来ない永久の権利」であり、「全ての人が個人として尊重」され、「平等権」も明記されていることからも「部落民」として差別すること自体許されるものではありません。

 

私は仮出獄後、23年になりました。うれしいことに昨年は全国各地で様々に狭山学習会や、人権学習会が持たれ、また、狭山現調にも多くの人が来て下さり、心の底からうれしく感じました。

 

何れにせよ、狭山再審裁判闘争において、新証拠の方は弁護士先生方の英知に委ね、私は不当な扱いをされてきているのは紛れもない事実なので、ただひたすらに真実のもとに、公正で納得のいく、事実を証としての裁判を求め、今迄の裁判所の不当な判断を糾弾していく事しかありません。その意味からも全国各地で、様々に闘い続けて下さっている支援者各位、また各地から高裁前アピール行動に来て下さっている方たちの存在がどれほど狭山事件の真相普及のために大きな力になり、証拠開示等の実現につながってきたか、人間の善意と正義を求める人が沢山いることに感無量であります。私は、これまで絶望の中から少しずつ光の中を歩んできたここ数年の中で温かい心に触れ涙にくれることが多々ありました。最近、自分がすっかり涙脆くなったことを感じます。

 

そしてその反動として「決して負けるもんか」とファイトも与えられて参りました。皆さん方の真摯な長い狭山の闘いが、「今年こそ」と常に私を強く駆り立てて下さったのです。

 

下山・川窪両鑑定や森鑑定も弁護団や、支援して下さる皆さん方のたゆまぬご努力や調査活動があったお蔭と深く感謝しておりますし、これらを力にして2018年は道が拓けると確信しています。私自身が気を弛めず、司法に対し、真実を究明すべき法廷を開き、事実調べを迫っていけば必ず勝機は見いだせると確信のもとで今年も全力で闘って参る決意でおり、これが最後の闘いとの決意で臨んで参りますので、皆さん方も最大限のご協力を下さいますよう切にお願い申し上げます。

 

末尾になりましたが、今年も皆様方にとって最良の年になりますよう心から念じつつ年頭にあたり私石川一雄のご挨拶といたします。
  

 

除夜(じょや)()(こころ)()めて(ちか)いたて55年の今時(こんじ)懸け(かけ)

 

 

 

2018年1月1日  石川 一雄
(写真・東京高等裁判所前で無実を訴える石川さんと菅家利和さん・写真左 2017年12月11日)

 


不当判決から43年  狭山市民集会

 

 

 

 

 寺尾不当判が下された2017年1031日に狭山事件の再を求める市民集会が日比谷野外音堂でひらかれました。

 

 

 43年前、寺尾正二裁判は石川さんを有罪とするには矛盾点が多くあったにも関わらず、石川さんの自白通りに被害者の万年発見されたなどとして有罪の根としました。示されたをもとに三度目の取り調べで石川さん宅で発見された万年が被害者のものではないことが科学的に明らかになるなど有罪とした根が崩れています。

 

  集会では、全国各地から多くの支援者がめかけ、石川さんの無実ち取るために各地でできることを展開しようとなりました。

 

 

 

 石川一雄さんはあいさつで「新年にはたぶん今は再審開定が行われているんではないかと、自分自身に言いかせ10ヶ月間精力的に運動を展してきましたが、再審開始ではなく事実調べもされずに寺尾不当判から43年を迎えてしまいました。私にとっては良くない持ちでありますけども来年こそ司法をかすことができるのかという意のもと、今後も運動を展していきたいと考えています。」などとのべました。

妻の早智子さんは三者協議により53年も察がしていた示され石川の無実が明らかになりつつある今も全国各地で支援活が展されている無実が明らかになる示させるためにさらなる支援をおいしたいなどとのべました

 

 

 

   


天王寺駅前で街宣行動

 狭山事件の再審を求める街頭宣伝行動を2017年10月26日に天王寺駅前でおこないました。

 

 狭山事件がいまも解決せず石川さんが無実を訴え続けていることを道行く人に訴えました。署名の呼びかけにこたえてくれた高校生は「狭山事件のことを本を読んで知った」と言い、事件の詳細を伝えると「これからもがんばってください」と支援の言葉をいただきました。

 

 すべての証拠が開示されれば無実は明らかになります。再審開始の早期実現を求めて今後も活動をつづけていきます。


石川一雄さんが来阪

 〜今こそ再審無罪を勝ち取るために〜泉州狭山連続学習会のが月2日に和泉市立人権文化センターでひらかれました。主催は泉州ブロックの各支部や共闘関係で構成された実行委員会です。

 中央本部の安田聡さんが進行をつとめ、石川一雄さんが事件当時に犯人とされたいきさつや現状などについて語った内容を紹介します。

 

 事件発生から二週間後、石川さんが元働いていた養豚場の関係者が調べられるなど、警察は被差別部落に見込み捜査をおこなっていました。逮捕当時は差別的な報道が連日くり返されました。

 別件逮捕されたのち、石川さんはウソ発見器に二回かけられました。石川さんと同じく布川事件、足利事件で犯人とされた桜井さん、菅家さんもウソ発見器にかけられています。「真実が明らかになる」と喜んで受けましたが翌々日に「犯人だとでたよ。」と警察に言われ、心が折れてしまいウソの自白に追い込まれてしまったと言います。石川さんはそれでもやってないと言い続けました。

 石川さんは一度釈放されましたがその後、警察署の玄関を出てすぐに再逮捕されます。裏口から連れ出し狭山警察署から川越警察署の誰も使っていなかった建物に入れられ、長い間、家族や弁護士との面会は接見禁止されました。

 石川さんが自白したきっかけは警察に兄が犯人だとだまされたことが理由です。兄の代わりに身代わりになろうと決意したのです。犯行現場に残された犯人の足跡と同じサイズの地下足袋は小さすぎて履けませんでした。事件当日、兄の帰宅が遅かったことなどもあり、兄が犯人だと警察にだまされ、「自白すれば兄を逮捕せず10年で出してやる」と約束し、自分から犯人だと自白しました。

 

 部落差別によって教育を奪われていった時代。裁判官は24歳の石川さんが文字を書けないはずはないと思い込んでいました。部落差別によって教育を奪われていった時代。石川さんの生い立ちを知るべきです。

 被差別部落に生まれた石川さんの子どもの頃の生活は厳しく、石川さんの父親は部落であるがゆえに定職につく機会を奪われ、農家の仕事の手伝いなどにつきます。当時、部落差別は厳しく、給金を直接手渡しでもらえず、皿にいれたお金を受け取るほどでした。被差別部落のほとんどの子どもが中学を卒業していませんでした。小学校でつかう文房具をそろえることができず、野良仕事を手伝うので学校で寝てしまい、学習できる環境になかったのです。

 お兄さんが働きにでて、貧しかった生活が変わってきた段階の時でした。兄が逮捕されるとその生活が奪われ、みんなが路頭に迷ってしまう。石川さんがウソの自白に至った理由は部落差別の実態をふまえて考えなければ理解できないと思います。

 

 ウソの自白のあとに死体遺棄の方法について説明ができません。取り調べを受けたときの関巡査にきてもらい「死体がどうなっていたか教えてほしい」と死体の状況を聞いたとする関巡査の報告書が47年ぶりに証拠開示されました。石川さんが犯人でないことは明らかです。

 

 石川さんが文字を書けるようになったのは無実を信じて8年間も文字を教えてくれた看守さんがいたからです。看守さんだけでなくそのパートナーが切手や筆記用具を差し入れてくれました。今も親戚以上のお付き合いをしています。

 石川さんは集会に参加した方々に対して「感謝しきれないほど心強く思う。自白してしまったために長い年月、たいへんご迷惑をかけている。ご期待に添えるように刑務所で過ごした年月の
35年間生きたい。4回目の二十歳が来るまでに勝ちたい。無実を勝ち取ったときには夜間中学へ通いたい。無罪になるように一層のご支援をお願いしたい」とのべました。

 

 行動提起で森尚樹・和泉支部長は「狭山事件は部落差別によって生まれたえん罪事件。石川さんだけの問題ではなく部落解放を実現しようとする私たちのとりくみでもある。情勢を見守るだけでなくひとりひとりが考えていきたい」とのべ、狭山事件の問題をひろく周知させるために街宣行動、SNSなどを用いて拡散していく。署名、要請はがきや各地でパネル展示、学習会などにとりくむことを確認しました。

 



庭山英雄さんが逝去

 狭山事件の再審を求める市民の会代表を長くつとめてこられた庭山英雄弁護士が2017年7月11日に逝去されました。88歳でした。
 庭山英雄さんはルポライターの鎌田慧さんとともに1999年に「狭山事件の再審を求める文化人の会」を立ち上げ、作家、写真家、歴史学者、評論家、漫画家、映画監督など多くの著名人とともに新聞紙上への意見広告運動や署名運動にとりくんでこられました。
 文化人の会から市民の会に名称変更後は、代表として狭山事件の再審を求める市民集会などで石川さんの一日も早い再審開始を訴えてこられました。

 写真は石川さんの不当逮捕から51年を迎えた2014年5月23日の市民集会です。庭山さんは「『被害者とすれちがった時に自転車の荷台をもって被害者を止めた』という石川さんの自白に沿って被害者と出会ったとされる現場で再現してみたが、おかしな点が多く無実は明らかだ。」と熱く語られた姿を思い出します。
 ご冥福をお祈りします。


石川さんは脅迫状を書いていない

森実・筆跡鑑定人が講演 

  狭山事件の再審開始と部落差別解消推進法の具体化を求める南大阪市民集会が5月31日に松原市商工会議所でひらかれ石川一雄さんの筆跡鑑定に関わった大阪教育大学の森実教授が「狭山事件の識字能力鑑定書を作成して~部落差別解消推進法および教育機会確保法との関連で~」をテーマに講演しましたので紹介します。

 

 1955年に政府・文部省がおこなった大規模な「国民の読み書き能力」調査があります。当時15歳から34歳までの国民を対象に読み書き能力を4段階にわけ、①はじゅうぶんな読み書き能力がある②はじゅうぶんではないが日常生活に大きな支障がない③はじゅうぶんではなく日常生活にかなりの支障がある④は読み書き能力がなく、日常生活に支障があると明らかに認められるものも含まれているなどとなっています。調査の結果、当時1割の人が、じゅうぶんな読み書き能力を持たない段階4にあたりました。

 

 石川さんは取り調べのやりとりの中で警察官から文字を教わっていることがわかりました。石川さんは「がっこう」の文字が書けず、「がこを」「かあこう」「があこを」などと書いています。他にも「っ」や濁音などを書き間違え、警察官に教わり書いていました。

 

 文字を初めて覚えるときに「おかあさん」「おにいさん」など同じ母音が続いたり、「おおかみ」など同じ音が続くときに間違えることが多いのですが、それを正確に書けるようにするには毎日学校へ通い、時間をかけて表記を学んでいけば知らないうちに身につき覚えることができます。

 

 部落差別により学ぶ機会をじゅうぶんに得ることができなかった石川さんは、促音や拗音など文字をはじめて学ぶ小学校一年生の段階で学習するかな文字表記のルールを習得できず、当時の石川さんの読み書き能力は段階④の非識字者といえます。脅迫状を書いた犯人の読み書き能力は段階①か②と推測でき、石川さんが脅迫状を書いていないことは明らかです。

 提出した鑑定は読み書き能力に関する鑑定であり、取り調べの誘導や強制には論じていません。

 部落差別のまっただ中でで育ち、十分に教育を受けられないまま大人になり、警察にだまされウソの自白をさせられた石川さん。「部落解放運動は教育にはじまり教育に終わる」と言われています。識字運動は部落解放運動の原点です。

 

 昨年制定された「部落差別解消推進法」、「障害者差別解消法」、「ヘイトスピーチ解消法」、「教育機会確保法」の4法を軸に活用していくことも重要です。

 



5・23狭山市民集会

 熱い日差しが照りつく中、狭山事件の再審を求める市民集会が23日東京の日比谷野外音楽堂でひらかれました。

 石川一雄さんはあいさつで「みなさんのお力で今こそ司法を倒す時がきた。(石川さん宅で発見された「万年筆」が被害者のものではなかったことを証明した)下山鑑定はすばらしい結果。私は涙を流し読ませていただいた。被害者の万年筆が私の家にあるはずがない。証拠を持って司法に突きつけていきたい」とのべました。

 妻の早智子さんは10日にひらかれた第32回三者協議の内容を紹介し、「検察が50年も隠していた被害者のインク瓶が証拠開示によって明らかになり、それをもとに弁護団が鑑定しでっち上げだとわかった」とのべ、「狭山事件の証拠はすべて検察がもっている。検察は証拠開示する必要がないというが、それを決めるのは裁判官。いまこそ開示命令をだすときだ」と訴えました。

 足利事件の菅家利和さん、布川事件の桜井昌司さん、袴田事件の袴田巌さんの姉、秀子さんらえん罪被害者の方々からもアピールがあり「無実を勝ち取るまで共に闘い抜く」と訴えがありました。 

 連帯アピールで作家の雨宮処凛さんは「共謀罪ができてしまうとまちがいなくえん罪が増えていく。石川さんの再審開始へがんばろう」とのべました。

 一日も早く石川さんのみえない手錠をはずすために闘い抜くことを参加者全員で確認しました。



東京高裁・高検へ要請行動

 石川一雄さんが不当逮捕されてから54年を迎えた今日、全国からかけつけた支援者のみなさんとともに東京高等裁判所、東京高等検察へ要請行動を展開しました。

  その前にひらかれた集会で石川さんは「(石川さんの自宅で発見された被害者の万年筆が被害者のものではなかったことを科学的に証明した)下山鑑定がだされて期待しているが、最後まで楽観せずに再審無罪を勝ち取るまでとことんがんばっていきたい」とのべました。

  足利事件の菅家利和さんは「石川さんも私とおなじ。早期に再審開始ができるように願っている」と支援を呼びかけました。

 東京高等裁判所前で石川さんの無実を訴える街宣行動を実施。大阪府連が作成したティッシュも配布して頂きました。



難波高島屋前で街宣

 狭山事件の再審を求める街頭宣伝行動を5月18日に難波高島屋前でおこない2000枚のビラ・ティッシュを道行く人へ配布しました。
 今年5月23日には石川さんの不当逮捕から54年目を迎えますが、石川さんは今も無実を訴え続けています。有罪の有力な根拠となった被害者の「カバン」、「万年筆」、「腕時計」について開示された証拠をもとに弁護団が鑑定をおこなった結果、それら証拠がすべて「ウソ」であったことなどを訴えました。
 署名の呼びかけにこころよく応えてくれた方へ、狭山事件がえん罪であることを伝えると「だいぶ前から知っている。まだ解決してないんやなぁ。ほんとにひどい話やなぁ。がんばって」と支援していただきました。