【石川一雄さんは無実です。ただちに再審開始を】

24歳で逮捕された石川さん(左)。78歳になった今も無実を訴え続けている
24歳で逮捕された石川さん(左)。78歳になった今も無実を訴え続けている

 事件発生から半世紀以上が経過した今も犯人とされた石川一雄さんは無実を訴えつづけています。他のえん罪事件でも様々な証拠ねつ造が明らかになっていますが、狭山事件でも「万年筆」をはじめ多くの疑惑の証拠が存在しています。私たちの狭山事件のすべての証拠の開示、証人尋問・事実調べ、裁判のやり直しを求めています。

 

 2010年の三者協議ではじめて証拠が開示され、2017年5月現在までに187点の証拠が開示されてきました。弁護団は開示された証拠を分析し数々の新証拠を提出し石川さんが犯人ではありえないことを証明しています。ぜひ無実の証拠をご覧いただき、狭山事件の再審闘争へのご支援をお願いいたします。

 ※このHPに掲載する画像は弁護団提出の鑑定書に掲載されているものも含まれており、無断での転載を禁止させていただきます。

 


【最新情報】

石川一雄さんが来阪

 〜今こそ再審無罪を勝ち取るために〜泉州狭山連続学習会のが月2日に和泉市立人権文化センターでひらかれました。主催は泉州ブロックの各支部や共闘関係で構成された実行委員会です。

 中央本部の安田聡さんが進行をつとめ、石川一雄さんが事件当時に犯人とされたいきさつや現状などについて語った内容を紹介します。

 

 事件発生から二週間後、石川さんが元働いていた養豚場の関係者が調べられるなど、警察は被差別部落に見込み捜査をおこなっていました。逮捕当時は差別的な報道が連日くり返されました。

 別件逮捕されたのち、石川さんはウソ発見器に二回かけられました。石川さんと同じく布川事件、足利事件で犯人とされた桜井さん、菅家さんもウソ発見器にかけられています。「真実が明らかになる」と喜んで受けましたが翌々日に「犯人だとでたよ。」と警察に言われ、心が折れてしまいウソの自白に追い込まれてしまったと言います。石川さんはそれでもやってないと言い続けました。

 石川さんは一度釈放されましたがその後、警察署の玄関を出てすぐに再逮捕されます。裏口から連れ出し狭山警察署から川越警察署の誰も使っていなかった建物に入れられ、長い間、家族や弁護士との面会は接見禁止されました。

 石川さんが自白したきっかけは警察に兄が犯人だとだまされたことが理由です。兄の代わりに身代わりになろうと決意したのです。犯行現場に残された犯人の足跡と同じサイズの地下足袋は小さすぎて履けませんでした。事件当日、兄の帰宅が遅かったことなどもあり、兄が犯人だと警察にだまされ、「自白すれば兄を逮捕せず10年で出してやる」と約束し、自分から犯人だと自白しました。

 

 部落差別によって教育を奪われていった時代。裁判官は24歳の石川さんが文字を書けないはずはないと思い込んでいました。部落差別によって教育を奪われていった時代。石川さんの生い立ちを知るべきです。

 被差別部落に生まれた石川さんの子どもの頃の生活は厳しく、石川さんの父親は部落であるがゆえに定職につく機会を奪われ、農家の仕事の手伝いなどにつきます。当時、部落差別は厳しく、給金を直接手渡しでもらえず、皿にいれたお金を受け取るほどでした。被差別部落のほとんどの子どもが中学を卒業していませんでした。小学校でつかう文房具をそろえることができず、野良仕事を手伝うので学校で寝てしまい、学習できる環境になかったのです。

 お兄さんが働きにでて、貧しかった生活が変わってきた段階の時でした。兄が逮捕されるとその生活が奪われ、みんなが路頭に迷ってしまう。石川さんがウソの自白に至った理由は部落差別の実態をふまえて考えなければ理解できないと思います。

 

 ウソの自白のあとに死体遺棄の方法について説明ができません。取り調べを受けたときの関巡査にきてもらい「死体がどうなっていたか教えてほしい」と死体の状況を聞いたとする関巡査の報告書が47年ぶりに証拠開示されました。石川さんが犯人でないことは明らかです。

 

 石川さんが文字を書けるようになったのは無実を信じて8年間も文字を教えてくれた看守さんがいたからです。看守さんだけでなくそのパートナーが切手や筆記用具を差し入れてくれました。今も親戚以上のお付き合いをしています。

 石川さんは集会に参加した方々に対して「感謝しきれないほど心強く思う。自白してしまったために長い年月、たいへんご迷惑をかけている。ご期待に添えるように刑務所で過ごした年月の
35年間生きたい。4回目の二十歳が来るまでに勝ちたい。無実を勝ち取ったときには夜間中学へ通いたい。無罪になるように一層のご支援をお願いしたい」とのべました。

 

 行動提起で森尚樹・和泉支部長は「狭山事件は部落差別によって生まれたえん罪事件。石川さんだけの問題ではなく部落解放を実現しようとする私たちのとりくみでもある。情勢を見守るだけでなくひとりひとりが考えていきたい」とのべ、狭山事件の問題をひろく周知させるために街宣行動、SNSなどを用いて拡散していく。署名、要請はがきや各地でパネル展示、学習会などにとりくむことを確認しました。

 



庭山英雄さんが逝去

 狭山事件の再審を求める市民の会代表を長くつとめてこられた庭山英雄弁護士が2017年7月11日に逝去されました。88歳でした。
 庭山英雄さんはルポライターの鎌田慧さんとともに1999年に「狭山事件の再審を求める文化人の会」を立ち上げ、作家、写真家、歴史学者、評論家、漫画家、映画監督など多くの著名人とともに新聞紙上への意見広告運動や署名運動にとりくんでこられました。
 文化人の会から市民の会に名称変更後は、代表として狭山事件の再審を求める市民集会などで石川さんの一日も早い再審開始を訴えてこられました。

 写真は石川さんの不当逮捕から51年を迎えた2014年5月23日の市民集会です。庭山さんは「『被害者とすれちがった時に自転車の荷台をもって被害者を止めた』という石川さんの自白に沿って被害者と出会ったとされる現場で再現してみたが、おかしな点が多く無実は明らかだ。」と熱く語られた姿を思い出します。
 ご冥福をお祈りします。


石川さんは脅迫状を書いていない

森実・筆跡鑑定人が講演 

  狭山事件の再審開始と部落差別解消推進法の具体化を求める南大阪市民集会が5月31日に松原市商工会議所でひらかれ石川一雄さんの筆跡鑑定に関わった大阪教育大学の森実教授が「狭山事件の識字能力鑑定書を作成して~部落差別解消推進法および教育機会確保法との関連で~」をテーマに講演しましたので紹介します。

 

 1955年に政府・文部省がおこなった大規模な「国民の読み書き能力」調査があります。当時15歳から34歳までの国民を対象に読み書き能力を4段階にわけ、①はじゅうぶんな読み書き能力がある②はじゅうぶんではないが日常生活に大きな支障がない③はじゅうぶんではなく日常生活にかなりの支障がある④は読み書き能力がなく、日常生活に支障があると明らかに認められるものも含まれているなどとなっています。調査の結果、当時1割の人が、じゅうぶんな読み書き能力を持たない段階4にあたりました。

 

 石川さんは取り調べのやりとりの中で警察官から文字を教わっていることがわかりました。石川さんは「がっこう」の文字が書けず、「がこを」「かあこう」「があこを」などと書いています。他にも「っ」や濁音などを書き間違え、警察官に教わり書いていました。

 

 文字を初めて覚えるときに「おかあさん」「おにいさん」など同じ母音が続いたり、「おおかみ」など同じ音が続くときに間違えることが多いのですが、それを正確に書けるようにするには毎日学校へ通い、時間をかけて表記を学んでいけば知らないうちに身につき覚えることができます。

 

 部落差別により学ぶ機会をじゅうぶんに得ることができなかった石川さんは、促音や拗音など文字をはじめて学ぶ小学校一年生の段階で学習するかな文字表記のルールを習得できず、当時の石川さんの読み書き能力は段階④の非識字者といえます。脅迫状を書いた犯人の読み書き能力は段階①か②と推測でき、石川さんが脅迫状を書いていないことは明らかです。

 提出した鑑定は読み書き能力に関する鑑定であり、取り調べの誘導や強制には論じていません。

 部落差別のまっただ中でで育ち、十分に教育を受けられないまま大人になり、警察にだまされウソの自白をさせられた石川さん。「部落解放運動は教育にはじまり教育に終わる」と言われています。識字運動は部落解放運動の原点です。

 

 昨年制定された「部落差別解消推進法」、「障害者差別解消法」、「ヘイトスピーチ解消法」、「教育機会確保法」の4法を軸に活用していくことも重要です。

 



5・23狭山市民集会

 熱い日差しが照りつく中、狭山事件の再審を求める市民集会が23日東京の日比谷野外音楽堂でひらかれました。

 石川一雄さんはあいさつで「みなさんのお力で今こそ司法を倒す時がきた。(石川さん宅で発見された「万年筆」が被害者のものではなかったことを証明した)下山鑑定はすばらしい結果。私は涙を流し読ませていただいた。被害者の万年筆が私の家にあるはずがない。証拠を持って司法に突きつけていきたい」とのべました。

 妻の早智子さんは10日にひらかれた第32回三者協議の内容を紹介し、「検察が50年も隠していた被害者のインク瓶が証拠開示によって明らかになり、それをもとに弁護団が鑑定しでっち上げだとわかった」とのべ、「狭山事件の証拠はすべて検察がもっている。検察は証拠開示する必要がないというが、それを決めるのは裁判官。いまこそ開示命令をだすときだ」と訴えました。

 足利事件の菅家利和さん、布川事件の桜井昌司さん、袴田事件の袴田巌さんの姉、秀子さんらえん罪被害者の方々からもアピールがあり「無実を勝ち取るまで共に闘い抜く」と訴えがありました。 

 連帯アピールで作家の雨宮処凛さんは「共謀罪ができてしまうとまちがいなくえん罪が増えていく。石川さんの再審開始へがんばろう」とのべました。

 一日も早く石川さんのみえない手錠をはずすために闘い抜くことを参加者全員で確認しました。



東京高裁・高検へ要請行動

 石川一雄さんが不当逮捕されてから54年を迎えた今日、全国からかけつけた支援者のみなさんとともに東京高等裁判所、東京高等検察へ要請行動を展開しました。

  その前にひらかれた集会で石川さんは「(石川さんの自宅で発見された被害者の万年筆が被害者のものではなかったことを科学的に証明した)下山鑑定がだされて期待しているが、最後まで楽観せずに再審無罪を勝ち取るまでとことんがんばっていきたい」とのべました。

  足利事件の菅家利和さんは「石川さんも私とおなじ。早期に再審開始ができるように願っている」と支援を呼びかけました。

 東京高等裁判所前で石川さんの無実を訴える街宣行動を実施。大阪府連が作成したティッシュも配布して頂きました。



難波高島屋前で街宣

 狭山事件の再審を求める街頭宣伝行動を5月18日に難波高島屋前でおこない2000枚のビラ・ティッシュを道行く人へ配布しました。
 今年5月23日には石川さんの不当逮捕から54年目を迎えますが、石川さんは今も無実を訴え続けています。有罪の有力な根拠となった被害者の「カバン」、「万年筆」、「腕時計」について開示された証拠をもとに弁護団が鑑定をおこなった結果、それら証拠がすべて「ウソ」であったことなどを訴えました。
 署名の呼びかけにこころよく応えてくれた方へ、狭山事件がえん罪であることを伝えると「だいぶ前から知っている。まだ解決してないんやなぁ。ほんとにひどい話やなぁ。がんばって」と支援していただきました。