【石川一雄さんは無実です。ただちに再審開始を】

24歳で逮捕された石川さん(左)。事件から55年が経過し、79歳になった今も無実を訴え続けている。

 事件発生から半世紀以上が経過した今も犯人とされた石川一雄さんは無実を訴えつづけています。他のえん罪事件でも様々な証拠ねつ造が明らかになっていますが、狭山事件でも「万年筆」をはじめ多くの疑惑の証拠が存在しています。私たちは狭山事件のすべての証拠の開示、証人尋問・事実調べ、裁判のやり直しを求めています。

 2010年の三者協議ではじめて証拠が開示され、2018年5月現在までに191点の証拠が開示されてきました。弁護団は開示された証拠を分析し202点の新証拠を提出し石川さんが犯人ではありえないことを証明しています。


ぜひ無実の証拠をご覧いただき、狭山事件の再審闘争へのご支援をお願いいたします。
 ※このHPに掲載する画像は弁護団提出の鑑定書に掲載されているものも含まれており、無断での転載を禁止させていただきます。


【最新情報】

第3次再審で終結を

 狭山事件の再審を求める市民集会「不当逮捕55年!今度こそ事実調べ・再審開始を」が5月23日に東京の日比谷野外音楽堂でひらかれ雨の中、全国各地から約2500人が参加しました。

 

 石川一雄さんはあいさつで「第3次再審請求で3次で終結するには皆さんの支援が必要不可欠。事件から55年。司法は必ず真相究明してくれるという思いで闘ってきたがまだまだ道のりは遠い。なんとしてもこの第3次再審請求以外にないと自分自身に言い聞かせながら連日のように全国各地をまわっている。三次で終結させるためさらなる協力をお願いしたい」と支援をよびかけました。

 開示された証拠をもとに弁護団は202点の新証拠を提出しています。新たな新証拠について弁護団が報告しましたので紹介します。

 

 石川さんが逮捕されたあと、2度の家宅捜索で発見されず3度目の家宅捜索で被害者のものとされる万年筆が発見された。

 被害者が事件当日まで使っていた万年筆のインクの色は「ジェットブルー」なのに石川さん宅で発見された万年筆のインクの色は「ブルーブラック」。事件当日に被害者が郵便局に立ち寄ったときにインクを補充したなどと推測されてきた。被害者が使っていたインク瓶が証拠開示され、当時のインクを取り寄せ鑑定した結果、石川さんの「自白」にもとづいて石川さん宅から発見された「万年筆」には被害者が事件当日まで使っていたインクがまったく検出されないことがわかりました。

  弁護団は、提出した下山鑑定のほかに第二の下山鑑定を提出する予定。インクの成分の分析から、石川さん宅から発見された万年筆には、被害者の使っていた万年筆のインクが入っていなかったことが明らかになっていることなどを報告しました。

 最後に、「寺尾判決で有罪とされた証拠はことごとく崩壊しており、事実調べ、再審開始の道をひらいていきたい」などとのべました。
 えん罪被害者の方々から連帯のうったえがあり、6月11日13時半から東京高裁で
再審かどうかの決定が下される袴田事件の袴田巌さんの姉、ひでこさんがアピール。
 巌さんの近況を報告するとともに、弁護団や市民への寄せ書きを求められたときに巌さんが「幸せの花」と書いたことなどを紹介。秀子さんは「(巌さんが書く文字には)幸せなんて言葉はいままで出てこなかった。今が幸せだと感じているのではないか。いつまでも幸せに永遠に暮らしていけるように願っている」などとのべました。
 

 

 プレイベントにはシンガーソングライターの小室等さんらによる獄友イノセンスバンドが曲を披露していただきました。



2018年5月23日…。

石川一雄さんが逮捕されて55年を迎えました。

朝10時すぎから日比谷公園健康広場で前段集会をひらき、全国各地から100人を越える参加がありました。石川さんのあいさつを紹介します。

 

石川一雄さん

支援していただいている皆さんの声を無くして無罪を勝ち取ることはありえません。後藤裁判長のもとで無罪の声を聞き取りたい。 長年、今も元気で闘い続けることができるのは部落の兄弟姉妹をはじめとして多くの支援者のおかげです。80歳を間近にするがまだまだこれからが私の人生であると思っています。だから健康に気をつけていきたい。

(えん罪被害者である)石川一雄を二度と出さないためにも今後も最先端で闘っていきたい。第3次で終結させるためにみなさんの最後の力をお貸ししていただきたい。

 


第3次再審で集結を 石川さんがメッセージ

 事件から55年を迎える5月23日の狭山市民集会に向けてメッセージが届きました。


脅迫状は99.9%別人! 難波で訴え

2018年5月18日に難波の高島屋駅前で街宣行動をおこないました。

労働組合や部落解放同盟などから30人以上の方が協力していただき、ビラ入りティッシュを3000個配布しました。
 
犯人が書いた脅迫状の筆跡と石川さんの筆跡をコンピューターを用いて照合し、99.9%ちがうことを明らかにした鑑定結果を紹介したビラ入りティッシュを道行く人に配布しました。

 

署名に協力してくれた方からは「え!まだ解決してないん?」という驚きの声や「DNA鑑定はまだやってないの?すれば明らかやのに」といった声が寄せられました。
 
事件から55年、早いこと、再審開始の実現を。


全証拠を開示すれば無実は明らか  第36回三者協議

 裁判所、弁護団、検察官による第36回三者協議が5月14日に東京高裁でひらかれました。
 脅迫状の筆跡と石川さんが逮捕当日に書かされた上申書の筆跡が「99.9%別人」であることをコンピューターをもとに解析し証明した鑑定書について、検察官は反論、反証を検討しているとしました。

 弁護団はスコップ関係など準備中の新証拠を8月頃に提出することなどを伝えました。
 これまで、三者協議で開示された証拠などをもとに弁護団は新証拠を提出し続け再審開始を求めています。
 事実調べを行えば石川さんの無実は明らかです。早期解決へ裁判長の判断が求められます。


第3次再審で無罪を勝ち取りたい 石川さんが全女で訴え

  男女平等社会の実現にむけて、すべての人たちと連帯・協働をすすめ、憲法改悪を許さず「戦争をする国」づくりに反対し、女性の力で部落解放運動を大きく前進させることを目的に部落解放第63回全国女性集会が2018年12日、13日に和歌山県民文化会館大ホールでひらかれました。
 全体集会で石川一雄さん、早智子さんがあいさつされましたので紹介します。

 

 石川一雄さんは「第3次再審開始決定へ今後も大きな力をお借りしたい。第3次再審で無罪が勝ち取れなかったとしたら石川の人生は終わりではないか。あと7ヶ月で80歳になる。まだまだ元気だが元気な間にみなさんのさらなる支援をお願いしたい」。

 石川早智子さんは「石川は目の調子が悪く、最近はよく転ぶ。無罪を勝ち取るまでには絶対に倒れるわけにはいかないと強い気持ちでたたかっている。心が折れることなく闘い続けてこられたのはみなさまのご支援のおかげ。狭山は大きく動いている。今度こそ実現するのではないかと期待、希望、確信を持っている。脅迫状を書いたことが犯人の重要な証拠とされてきたが、コンピューターの鑑定で99.9%本人のものでないことがわかった。これらを裁判所が事実調べをするかどうか。事実調べへ向けて世論の声をあげてほしい。袴田事件も判断がもうすぐでる。長い闘い。多くの無実を闘っている人とともに司法を変えていきたい」などとのべました。
 



一日も早く再審開始を 青年共闘が狭山学習会

 狭山事件の学習会が2018年5月10日に大阪市港区のHRCビルでひらかれました。組合や部落解放同盟などで構成する部落解放大阪青年共闘会議の主催です。学習会には20代、30代の青年30人が参加し、部落解放大阪府民共闘会議の山根健二事務局次長を講師に狭山事件について学びを深めました。

 部落差別によって石川一雄さんが暮らす地域に見込み捜査をつけた警察が別件逮捕で石川さんを拘束し、長期にわたる取り調べでウソの自白へ追い込んだこと。逮捕当時の新聞記事には石川さんの暮らす地域を「犯罪の温床」など差別意識をあおる悪質な内容の記事までありました。

 

 

 第3次再審で裁判所、検察、弁護団による三者協議がはじまり、これまで190点以上の証拠が開示され、それらをもとに弁護団は新たに新証拠を提出し続けています。

 講師の山根さんは「事件から55年が経過し、石川さんは高齢です。一日も早く無実を勝ち取るために多くの支援の輪をひろげてほしい」と呼びかけました。

 参加者からは「狭山事件のことを深く学べて良かった。無実を証明できる証拠がいくつもでてきているのに再審をはじめようとしない司法制度はおかしい」などと多くの意見がかわされました。



事件発生から55年。早期解決を。

 晴天の中、今年も働く者の祭典「大阪地方メーデー」が5月1日に大阪城公園で開催されました。
 今から55年前の5月1日、埼玉県狭山市で女子高生誘拐、殺害事件がおきた狭山事件で有罪とされた石川一雄さんは今も無実を訴え続けています。
 私たちは、えん罪・狭山事件のことを多くの人へ周知するために今年もメーデーに参加される人たちへ街宣活動を実施しました。
 ビラを受け取ってもらえない場合も多くありますが、そんな中、狭山事件のビラであることを伝えると駆け寄って受け取ってくださる方もいて、無関心な人だけではないと勇気づけられました。事件から55年。早期解決が望まれます。


映画「獄友」が6月2日から神戸の元町映画館で上映

やってないのに殺人犯?

人生のほとんどを獄中で過ごした男たち。

 

彼らは言う

「不運だったけど不幸ではない」

 

石川一雄さんたちえん罪被害者の日常を綴ったドキュメンタリー映画「獄友」が各地で上映されます。

 

詳細は下記HPをごらんください。

映画「獄友」HP

 

2018年3月31日付けの毎日新聞朝刊に映画「獄友」が紹介されました。
6月2日から神戸の元町で上映されます。


再審開始の扉をあけよう!

 拡大全国狭山活動者会議・狭山住民の会全国交流会が3月20日に東京で開催され多くの支援者がかけつけました。

 石川一雄さん、早智子さんのあいさつを紹介します。

 石川一雄さん
 「いよいよ本格的な闘いがきた。
裁判長がどう判断するかにかかっている。
(検察は)いろんな証拠を隠して出さないわけであるからそれら全てを明らかにした上で再審開始決定を行ってほしい。
そのためにはみなさんの力が必要。
万が一、第三次再審で解決できなければ次の時には石川は星になっているはず。
何とか第三次で決着をつけるべく夫婦共々元気なうちにがんばっていきたい。第三次で終わりにしたい」。

 早智子さん。
 「事件発生から55年を迎える。これまで諦めず共に闘い続けていただいた支援者の皆さんや弁護団のみなさんの力によるもの。大きなヤマ場にある。今度こそ最大限の力をお借りしたい」と支援を呼びかけました。


 中山武敏主任弁護人は「石川一雄さんが逮捕された後にウソの自白においつめられ、なぜウソの自白を維持したのか。
(石川さんの背景にある部落差別によって充分な教育を受けることができなかったことや被差別部落へ重点的に捜査されたことなど)部落差別を裁判長に理解してもらうことが必要だ。これまでの第一次、第二次再審においても部落差別について全く触れられてこなかった。第三次では何としても部落差別を含めて対応してほしい」などとのべました。

 
 市民の会事務局長の鎌田慧さんからの提起を紹介します。

 学校法人森友学園への国有地問題売却での大幅な値引きが行われたことに対して安倍昭恵さんの存在をチラつかせ値引きさせたことが国会で問題になっていることについて鎌田さんは、
「民主主義の根幹がバカにされている。
(この問題の)根幹はえん罪と同じ。」とのべ、「狭山事件では司法が動かず司法の尊厳、品格、人間の心を拒否してきた。
55年間無実の人がいる。訴えても認めない国は本当に民主主義と言えるのか」とのべ、「(多くの社会問題に)無関心の層が広がってきている。5月23日の狭山市民集会のパレードでは、事件について道行く人に呼びかけよう。」とあいさつされました。

一日も早く再審へ!要請ハガキを送ろう。

 「日本の刑事裁判における有罪率は99.9%。いったん起訴されたらほぼ有罪が確定してしまう。このドラマは残りの0.1%に隠された事実にたどり着くために難事件に挑む弁護士達の物語である。」

 

 この言葉は、毎週日曜日に松潤が主演のドラマ99.9—刑事専門弁護士—の冒頭で毎回説明されるナレーションです。

 

 318日の最終回は再審を求める家族のお話でした。

 取り調べのシーンで「やってないなら裁判で主張すれば良い」と警察官に言いくるめられて罪を認めてしまうえん罪被害者の姿は、ウソの自白に追い込まれた石川一雄さんのケースと重なりました。

  「戦後70年の中で死刑または無期懲役がでた案件で再審請求がとおり無罪を勝ち取ったのはわずか9件。」という弁護士のセリフがあります。

  狭山事件もこれまで開示されたわずかな証拠をたよりに、197点の新証拠を提出しています。99.9%犯人の筆跡とちがうことを証明しても再審の扉がなかなかひらきません。

 事件から半世紀を超え、早期解決がのぞまれます。

  私たちは少しでも多くの支援者の声を届けるために、東京高等裁判所の後藤眞理子裁判長と東京高等検察庁宛の要請ハガキを作成しました。

  ドラマのように再審の扉をひらかせるためにできることから行動しませんか。

 


Yahoo!ニュースに掲載されました

 石川一雄さんを支援する集会がYahoo!ニュースに紹介されましたので画像を貼り付けて紹介します。
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1963年、狭山市で当時16歳の女子高校生が殺害された「狭山事件」。発生から55年が経ち第3次再審請求中の石川一雄さん(79)を支援する集会が9日夜、さいたま市内で開かれました。
狭山事件では、石川さんが強盗殺人などの罪に問われ、最高裁で無期懲役が確定しましたが、服役後の1994年に仮釈放され、裁判のやり直しを求めて現在3回目の再審請求を行っています。
集会では、弁護団が1月に東京高裁に提出した、脅迫状の筆跡が石川さんと別人である確率が99.9%以上だとする新たな鑑定結果についての報告がありました。弁護団の河村建夫弁護士は、鑑定結果について、「コンピューターを用い統計的な手法を使っていて、鑑定する人の主観が入らない」と強調し、従来の鑑定に比べ客観性が高いと主張しました。このあと、石川さんが「あと9か月で80歳の大台に乗ってしまう。何とかこの第3次再審で無罪を勝ち取りたい」と力強く決意を述べ、協力を求めました。

 


「証拠をみれば無実は明らか」石川さんが訴え

  部落解放同盟第75回全国大会が2018年3月3日に東京の日本消防会館でひらかれました。石川一雄さん、早智子さんのアピールを紹介します。

 

 石川さんは全国各地で多くの支援運動をおこなっていただいていることに感謝の言葉をのべたあと、「狭山事件はいよいよ大詰めを迎えました。今年中には決定が出るのではないかと期待しています。後藤眞理子裁判長のもと次回三者協議が5月中旬にひらかれます。いよいよ最終段階に入り、証拠をきちんと見ていただければ無実は明らかになるはず」とのべ、さらなる支援を呼びかけました。

 

 早智子さんは「狭山事件は今年55年を迎えます。2009年に三者協議がはじまってから大きく動き始めました。それだけでなく中央集会や地域での学習会、高裁前アピール行動など寒い日も暑い日もみなさんが動いてくれたおかげでここまでこれました。科学の力によって無実が明らかになってきました。石川は4回目の二十歳を迎える前に勝利を勝ち取りたいと言っています。さらなる支援を心からお願いしあいさつにかえさせていただきます」などとのべました。

 無実を訴え続けて半世紀以上が経ち、無実を勝ち取るために今後も活動を続けていくことを確認しました。


 狭山事件で犯人が書いた脅迫状の筆跡と石川一雄さんの筆跡が99.9%ちがうことを証明した鑑定書についてルポライターの鎌田慧さんが東京新聞「本音のコラム」に紹介していただきましたので紹介します。

 

 

 



「読み書きができなかった私が書けるはずがない」

 第35回三者協議が1月22日に東京高裁でおこなわれました。後藤眞理子裁判長、東京高等検察庁の担当検察官、弁護団などが出席。狭山弁護団は15日に提出した新証拠について説明し石川さんと筆跡が99.9%ちがうと強調。検察官からは新証拠について反証・反論を検討しているとしました。

 脅迫状の筆跡が99.9%の確率で石川さんと別人のものだとする新たな鑑定書を1月15日に提出。

 狭山事件弁護団は脅迫状の筆跡が99.9%の確率で石川さんと別人のものだとする新たな鑑定書を2018年1月15日に裁判所へ提出しました。

 弁護団はコンピューターを使って筆跡鑑定を研究する東海大学の福江潔也教授に鑑定を依頼。犯人が残した脅迫状でくり返し使われていた「い」「た」「て」「と」の4文字を石川一雄さんの筆跡と比較したところ、脅迫状の筆跡と石川さんの筆跡は形が大きくずれていて、99.9%の確率で別人のものだと考えられると証明しました。 


 1月22日には、後藤眞理子裁判長、東京高等検察庁の担当検察官、弁護団による三者協議がおこなわれ、弁護団は15日に提出した新証拠について説明し石川さんと筆跡がちがうと強調。検察官からは新証拠について反証・反論を検討しているとしました。

 

 その後の記者会見で石川一雄さんは「学校に行けず、当時は読み書きができなかった私が脅迫状を書けるはずがない。その通りの鑑定が出た。一日も早く再審を認めてほしい」と訴えました。


 脅迫状の筆跡と石川さんが逮捕当日に書かされた上申書の筆跡が「99.9%別人」であることを証明した新鑑定書について紹介されています。

http://www.sankei.com/affairs/news/180130/afr1801300002-n1.html



署名活動のお願い

 現在、狭山事件の公正な裁判ー事実調べ・再審開始を求めるために署名活動をおこなっています。2017年1222日に裁判長が交代し、新しく後藤眞理子裁判官が就任しました。下記アドレスをクリックすると後藤裁判長宛の署名用紙が表示されます。印刷していただき、多くの人へ署名を呼びかけてください。

 三者協議で開示された証拠をもとに弁護団はこれまで多くの鑑定書を提出してきました。それらをもとに事実調べをおこない再審開始実現を求めるためにも高裁高検への要請はがき行動や、後藤眞理子裁判長宛の署名行動を各地で展開しましょう。

 

http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2018/01/fcda0f3b603d2562563228628422e71f.pdf

 


石川一雄さん新年のごあいさつ

全国の狭山支援者の皆々様、明けましておめでとうございます。

昨年も私なりに精一杯の闘いを展開して参りましたが、期待に反し、再審裁判もかなわず、結果的に今年も支援者皆さんにご迷惑、ご心配をおかけすることになってしまい、大変申し訳なく済まない気持ちで一杯です。三者協議は34回を重ねましたが、弁護団の正当な証拠開示請求にもかかわらず、検察官は「必要性がない」などと開示に応じようとせず、遅々として重要な証拠の開示が進まぬ現実を直視すれば、或いは検察当局は、私が死ぬのを待っているかのごとくさえ感じてしまいます。だとすれば、私は意地でもとことん長生きしようと、常に自分を戒め、言い聞かせ、冤罪を晴らし、完全勝利するまで権力に対峙して参る所存であります。

 

弁護団は、下山鑑定にひきつづき、私の無実を示すさまざまな新証拠を提出しており、それによって、年々狭山事件の真相を知って下さる人たちが多くなり、時には集会等に向かうために街頭を歩く私の姿を見て「石川さん応援しています。元気で頑張って下さい」と声をかけて下さる人が多くなり、確実に支援の輪が広がっていることを実感しています。加えて政府も部落差別の実態を認め、201612月に「部落差別解消推進法」の制定を勝ちとりましたが、法律をどのように具体的に活用していくかが重要であり、人権教育や啓発の重要性も取り上げられている事を鑑みれば、狭山事件への波及効果、推進にも無関係ではないと思われます。

 

元より日本国憲法では「基本的人権は侵すことの出来ない永久の権利」であり、「全ての人が個人として尊重」され、「平等権」も明記されていることからも「部落民」として差別すること自体許されるものではありません。

 

私は仮出獄後、23年になりました。うれしいことに昨年は全国各地で様々に狭山学習会や、人権学習会が持たれ、また、狭山現調にも多くの人が来て下さり、心の底からうれしく感じました。

 

何れにせよ、狭山再審裁判闘争において、新証拠の方は弁護士先生方の英知に委ね、私は不当な扱いをされてきているのは紛れもない事実なので、ただひたすらに真実のもとに、公正で納得のいく、事実を証としての裁判を求め、今迄の裁判所の不当な判断を糾弾していく事しかありません。その意味からも全国各地で、様々に闘い続けて下さっている支援者各位、また各地から高裁前アピール行動に来て下さっている方たちの存在がどれほど狭山事件の真相普及のために大きな力になり、証拠開示等の実現につながってきたか、人間の善意と正義を求める人が沢山いることに感無量であります。私は、これまで絶望の中から少しずつ光の中を歩んできたここ数年の中で温かい心に触れ涙にくれることが多々ありました。最近、自分がすっかり涙脆くなったことを感じます。

 

そしてその反動として「決して負けるもんか」とファイトも与えられて参りました。皆さん方の真摯な長い狭山の闘いが、「今年こそ」と常に私を強く駆り立てて下さったのです。

 

下山・川窪両鑑定や森鑑定も弁護団や、支援して下さる皆さん方のたゆまぬご努力や調査活動があったお蔭と深く感謝しておりますし、これらを力にして2018年は道が拓けると確信しています。私自身が気を弛めず、司法に対し、真実を究明すべき法廷を開き、事実調べを迫ってけば必ず勝機は見いだせると確信のもとで今年も全力で闘って参る決意でおり、これが最後の闘いとの決意で臨んで参りますので、皆さん方も最大限のご協力を下さいますよう切にお願い申し上げます。

 末尾になりましたが、今年も皆様方にとって最良の年になりますよう心から念じつつ年頭にあたり私石川一雄のご挨拶といたします。
  

 除夜(じょや)()(こころ)()めて(ちか)いたて55年の今時(こんじ)懸け(かけ)

  2018年1月1日  石川 一雄
(写真・東京高等裁判所前で無実を訴える石川さんと菅家利和さん・写真左 2017年12月11日)


不当判決から43年  狭山市民集会

  寺尾不当判が下された2017年1031日に狭山事件の再を求める市民集会が日比谷野外音堂でひらかれました。

 43年前、寺尾正二裁判は石川さんを有罪とするには矛盾点が多くあったにも関わらず、石川さんの自白通りに被害者の万年発見されたなどとして有罪の根としました。示されたをもとに三度目の取り調べで石川さん宅で発見された万年が被害者のものではないことが科学的に明らかになるなど有罪とした根が崩れています。

  集会では、全国各地から多くの支援者がめかけ、石川さんの無実ち取るために各地でできることを展開しようとなりました。

 石川一雄さんはあいさつで「新年にはたぶん今は再審開定が行われているんではないかと、自分自身に言いかせ10ヶ月間精力的に運動を展してきましたが、再審開始ではなく事実調べもされずに寺尾不当判から43年を迎えてしまいました。私にとっては良くない持ちでありますけども来年こそ司法をかすことができるのかという意のもと、今後も運動を展していきたいと考えています。」などとのべました。

妻の早智子さんは三者協議により53年も察がしていた示され石川の無実が明らかになりつつある今も全国各地で支援活が展されている無実が明らかになる示させるためにさらなる支援をおいしたいなどとのべました


天王寺駅前で街宣行動

 狭山事件の再審を求める街頭宣伝行動を2017年10月26日に天王寺駅前でおこないました。

 

 狭山事件がいまも解決せず石川さんが無実を訴え続けていることを道行く人に訴えました。署名の呼びかけにこたえてくれた高校生は「狭山事件のことを本を読んで知った」と言い、事件の詳細を伝えると「これからもがんばってください」と支援の言葉をいただきました。

 

 すべての証拠が開示されれば無実は明らかになります。再審開始の早期実現を求めて今後も活動をつづけていきます。


石川一雄さんが来阪

 〜今こそ再審無罪を勝ち取るために〜泉州狭山連続学習会のが月2日に和泉市立人権文化センターでひらかれました。主催は泉州ブロックの各支部や共闘関係で構成された実行委員会です。

 中央本部の安田聡さんが進行をつとめ、石川一雄さんが事件当時に犯人とされたいきさつや現状などについて語った内容を紹介します。

 

 事件発生から二週間後、石川さんが元働いていた養豚場の関係者が調べられるなど、警察は被差別部落に見込み捜査をおこなっていました。逮捕当時は差別的な報道が連日くり返されました。

 別件逮捕されたのち、石川さんはウソ発見器に二回かけられました。石川さんと同じく布川事件、足利事件で犯人とされた桜井さん、菅家さんもウソ発見器にかけられています。「真実が明らかになる」と喜んで受けましたが翌々日に「犯人だとでたよ。」と警察に言われ、心が折れてしまいウソの自白に追い込まれてしまったと言います。石川さんはそれでもやってないと言い続けました。

 石川さんは一度釈放されましたがその後、警察署の玄関を出てすぐに再逮捕されます。裏口から連れ出し狭山警察署から川越警察署の誰も使っていなかった建物に入れられ、長い間、家族や弁護士との面会は接見禁止されました。

 石川さんが自白したきっかけは警察に兄が犯人だとだまされたことが理由です。兄の代わりに身代わりになろうと決意したのです。犯行現場に残された犯人の足跡と同じサイズの地下足袋は小さすぎて履けませんでした。事件当日、兄の帰宅が遅かったことなどもあり、兄が犯人だと警察にだまされ、「自白すれば兄を逮捕せず10年で出してやる」と約束し、自分から犯人だと自白しました。

 

 部落差別によって教育を奪われていった時代。裁判官は24歳の石川さんが文字を書けないはずはないと思い込んでいました。部落差別によって教育を奪われていった時代。石川さんの生い立ちを知るべきです。

 被差別部落に生まれた石川さんの子どもの頃の生活は厳しく、石川さんの父親は部落であるがゆえに定職につく機会を奪われ、農家の仕事の手伝いなどにつきます。当時、部落差別は厳しく、給金を直接手渡しでもらえず、皿にいれたお金を受け取るほどでした。被差別部落のほとんどの子どもが中学を卒業していませんでした。小学校でつかう文房具をそろえることができず、野良仕事を手伝うので学校で寝てしまい、学習できる環境になかったのです。

 お兄さんが働きにでて、貧しかった生活が変わってきた段階の時でした。兄が逮捕されるとその生活が奪われ、みんなが路頭に迷ってしまう。石川さんがウソの自白に至った理由は部落差別の実態をふまえて考えなければ理解できないと思います。

 

 ウソの自白のあとに死体遺棄の方法について説明ができません。取り調べを受けたときの関巡査にきてもらい「死体がどうなっていたか教えてほしい」と死体の状況を聞いたとする関巡査の報告書が47年ぶりに証拠開示されました。石川さんが犯人でないことは明らかです。

 

 石川さんが文字を書けるようになったのは無実を信じて8年間も文字を教えてくれた看守さんがいたからです。看守さんだけでなくそのパートナーが切手や筆記用具を差し入れてくれました。今も親戚以上のお付き合いをしています。

 石川さんは集会に参加した方々に対して「感謝しきれないほど心強く思う。自白してしまったために長い年月、たいへんご迷惑をかけている。ご期待に添えるように刑務所で過ごした年月の
35年間生きたい。4回目の二十歳が来るまでに勝ちたい。無実を勝ち取ったときには夜間中学へ通いたい。無罪になるように一層のご支援をお願いしたい」とのべました。

 

 行動提起で森尚樹・和泉支部長は「狭山事件は部落差別によって生まれたえん罪事件。石川さんだけの問題ではなく部落解放を実現しようとする私たちのとりくみでもある。情勢を見守るだけでなくひとりひとりが考えていきたい」とのべ、狭山事件の問題をひろく周知させるために街宣行動、SNSなどを用いて拡散していく。署名、要請はがきや各地でパネル展示、学習会などにとりくむことを確認しました。

 



庭山英雄さんが逝去

 狭山事件の再審を求める市民の会代表を長くつとめてこられた庭山英雄弁護士が2017年7月11日に逝去されました。88歳でした。
 庭山英雄さんはルポライターの鎌田慧さんとともに1999年に「狭山事件の再審を求める文化人の会」を立ち上げ、作家、写真家、歴史学者、評論家、漫画家、映画監督など多くの著名人とともに新聞紙上への意見広告運動や署名運動にとりくんでこられました。
 文化人の会から市民の会に名称変更後は、代表として狭山事件の再審を求める市民集会などで石川さんの一日も早い再審開始を訴えてこられました。

 写真は石川さんの不当逮捕から51年を迎えた2014年5月23日の市民集会です。庭山さんは「『被害者とすれちがった時に自転車の荷台をもって被害者を止めた』という石川さんの自白に沿って被害者と出会ったとされる現場で再現してみたが、おかしな点が多く無実は明らかだ。」と熱く語られた姿を思い出します。
 ご冥福をお祈りします。