市民の会がHPを開設 鑑定人尋問実現求める署名呼びかけ

11人の鑑定人尋問実現をめざし、「東京高裁に事実調べを求める緊急署名」運動を展開しています。

今回、狭山事件の再審を求める市民の会が11人の鑑定人をわかりやすく説明するホームページが開設されました。あわせて、ネット署名も呼び掛けています。ホームページをご一読いただき、友人知人への紹介や、SNSを利用して拡散し周知していただきますようお願いいたします。



【石川一雄さんは無実です。ただちに再審開始を】

24歳で逮捕された石川さん(左)。事件から60年が経過し、85歳になった今も無実を訴え続けている。

 事件発生から60年が経過した今も犯人とされた石川一雄さんは無実を訴えつづけています。他のえん罪事件でも様々な証拠ねつ造が明らかになっていますが、狭山事件でも「万年筆」をはじめ多くの疑惑の証拠が存在しています。私たちは狭山事件のすべての証拠の開示、証人尋問・事実調べ、裁判のやり直しを求めています。

 2010年の三者協議ではじめて証拠が開示され、2023年8月の第56回までに多くの証拠が開示されてきました。


弁護団は開示された証拠を分析し261点の新証拠を提出し、石川さんが犯人ではありえないことを証明しています。2018年には「獄友」の仲間である桜井昌司さん、菅家利和さんとともに現地調査を行い、石川さんの無実を確信しました。密室の取り調べで「認めれば10年で出してやる」とウソの自白を自供させられた石川さん。自白に沿って問題点を紹介します。ぜひ無実の証拠をご覧いただき、狭山事件の再審闘争へのご支援をお願いいたします。活動内容メディアで取り上げられたものも順次掲載していきます。
 ※このHPに掲載する画像は弁護団提出の鑑定書に掲載されているものも含まれており、無断での転載を禁止させていただきます。


石川さんは無実 三者協議で初のプレゼンテーション 2024/4/19


 第59回三者協議が2024年4月19日にひらかれ、今回初めて弁護団によるプレゼンテーションをおこない、第三次再審請求で石川一雄さんの無実を証明する269点の新証拠のうち、脅迫状、足跡、血液型などの証拠について説明をおこないました。他にも刑事訴訟法435条2号では「原判決の証拠となった証言が確定判決により虚偽であったことが証明されたとき」は再審が開始されることや弁護団の主張にたいして検察が何度も「必要ない」と繰り返し主張してきたことなどを説明しました。中央本部から詳細が届きましたので紹介させていただきます。

 

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2024年4月19日、第59回三者協議がひらかれました。東京高裁第4刑事部の家令和典・裁判長と担当裁判官、東京高等検察庁の担当検察官、弁護団からは、竹下、高橋、小野、七堂、近藤、青木、河村、指宿の各弁護士が出席しました。今回の協議では、弁護団によるプレゼンテーションがおこなわれました。プレゼンテーションは、法廷でパソコンを用いて図や写真をモニターに表示しながら、狭山事件の第3次再審請求の全体についての説明を裁判官にたいしておこなうものです。

弁護団は、第3次再審請求で、269点の新証拠を提出し、有罪判決の誤りを明らかにして再審開始を求めてきました。2022年8月に事実取調請求書を提出し、鑑定人11人の証人尋問と万年筆インク資料の職権による鑑定の実施を求めました。

それに対して検察官は、2022年7月、2023年2月~5月、2024年2月に意見書を提出し、弁護団の新証拠のすべてについて、再審開始の理由となる新証拠といえないとして、事実調べもすべて必要ないと主張してきました。

弁護団は、これら検察官意見書の誤りを明らかにする新証拠と意見書を提出し、事実調べ(鑑定人尋問とインク資料の鑑定)を求めてきました。

プレゼンテーションでは、まず、狭山事件の有罪判決が、どのような証拠によって石川さんを犯人としたのか、いわゆる証拠の構造を示したうえで、脅迫状、足跡、血液型、手拭、スコップ、目撃証言、音声証言、鞄、万年筆、腕時計を含む5つの秘密の暴露、殺害方法、死体処理(死体運搬、逆さづり)、自白の変遷、刑訴法435条2号にもとづく再審理由(警察官の偽証が明らかになったこと)など論点ごとに、どのような新証拠を提出してきたか、証拠開示された取調べ録音テープなどの証拠資料によって、いかに有罪判決の誤りと石川さんの無実が明らかになったか、検察官が反論としてどういう主張をし、それに対して、弁護団が再反論した内容を家令裁判長ら裁判官に説明しました。(プレゼンテーションの内容は狭山パンフに掲載する予定です。)

次回の三者協議は6月中旬におこなわれる予定です。

弁護団は、検察官がことし2月に提出した意見書の誤りを明らかにする新証拠、意見書を次回協議までに提出する予定にしています。また、2月に提出した意見書で、証人尋問について具体的に協議を求めています。

事実調べ・再審開始実現にむけて、重要な局面です。

東京高裁第4刑事部(家令和典裁判長)に事実調べ(鑑定人の証人尋問とインク鑑定)の実施を求める世論を最大限に大きくしていく必要があります。事実調べを求める署名をさらに拡大し、東京高裁第4刑事部に届けましょう。

5月には、狭山事件発生から61年をむかえます。石川さんは61年も無実を叫んでいるのです。石川さんが不当逮捕された5月23日には、東京・日比谷野外音楽堂で、市民集会を開催するとともに、各地で事実調べ・再審開始を求める世論の拡大にむけた取り組みを進めます。メーデーや憲法集会など、さまざまな場で61年も無実を叫ぶ冤罪・狭山事件のアピールをおこない、署名活動にとりくもう。

石川さんの再審無罪を一日も早く実現するために、再審法(刑事訴訟法等)の改正も急務の課題です。ことし3月には、「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」が超党派で結成されました。再審請求における検察官の証拠開示の義務化、再審開始決定に対する検察官の抗告の禁止、裁判所による事実調べなどの規定をもりこんだ再審法改正(刑事訴訟法等の改正)の実現にむけて、地元国会議員への働きかけや地方議会での意見書採択、国会請願署名にあわせてとりくもう。

 

 


中北龍太郎先生の意思を引継ぐ  偲ぶ会を開催  20240325

中北龍太郎先生を偲ぶ会が3月25日にエルおおさかでひらかれ、解放同盟、弁護士、狭山住民の会などから約50人が参加しました。

中北弁護士は1947年生まれで1977年の狭山事件第一次再審請求から弁護団に参加され、第二次再審闘いの半ばで故山上益朗弁護士が亡くなられた後中山武敏弁護士が主任弁護人をつとめ、2005年から昨年まで中北弁護士が弁護団事務局長を務めてこられました。

 

 2006年からはじまった第三次再審請求では証拠開示のとりくみに全力し、2009年に門野裁判長による証拠開示勧告によって2010年から逮捕当日に石川一雄さんが書いた上申書や取調べ録音テープなど重要な証拠開示が勝ち取れた。これまでに191点の証拠開示が実現した。それら証拠をもとに筆跡鑑定、インク成分分析鑑定など専門家の鑑定が提出されている。中北弁護士が先頭に立ちとりくんできた成果といえます。
 偲ぶ会では友人や弁護士、狭山再審を求めて共に闘った仲間の皆さんが中北先生との思い出を語り中北先生を偲びました。
   中央本部の西島藤彦・中央委員長は第三次再審請求の現状や課題について何度も打ち合わせをおこなった時の印象として「現状について熱心に説明され勝利に向かってともに進もうと力強く訴えられていた姿を忘れることができない。狭山第三次再審の闘いが大詰めにきて新しい裁判長に交代した現在、中北弁護士を失ったことは非常に残念だが中北弁護士の意志を引継ぎ、多くの仲間と共に石川さんの雪冤を果たしたいと思います」などとのべました。

 1998年から現在まで10通の鑑定書と報告書を作成した齋藤鑑識証明研究所会長の齋藤保さんが栃木県から参加されました。

 齋藤さんは「中北先生の訃報を聞いた時に一番最初に思い出したのは、鑑定書作成にあたっての作戦会議や実験の時に中北先生の熱い真剣なまなざしでした。狭山事件で培ったノウハウをもとに日野町事件、布川事件でも鑑定書を提出し、新規性が認められ、布川事件は再審無罪、日野町事件は再審が決まりました。狭山事件でも11人の鑑定には全部新規性がある。狭山事件の解決を見るまでは、鑑定人尋問に耐えられるように活動していきたい」などと語りました。

 最後に中北弁護士の妻の中北ひとみさんがお礼のあいさつをのべました。

 闘病生活の間、狭山事件のことが気にかかり一日も早く仕事に戻りたい様子だったと振り返り、「治療に専念したが12月8日に力尽きてしまいました。この仕事を死ぬまで続けたいと申しておりました。たくさんの方々に支えていただき大変お世話になりました。本当に感謝しております」などとのべました。


 

 

※写真説明 1枚目・遺族を代表し感謝の言葉をのべる中北ひとみさん/2枚目・狭山事件をはじめ布川事件、日野町事件でも鑑定書を提出し無実を証明してきた齋藤鑑識証明研究所会長の齋藤保さん



わたしたちの狭山  住吉で学習会 20240309

 2023年度住吉部落研究会の主催で「わたしたちの狭山」が3月9日に住吉隣保館 寿でひらかれ、約20人が参加した。

 部落解放同盟が狭山差別裁判に関わりだしたのは69年以降で住吉支部の青年部、女性部が大きな役割を果たした。集会では住吉の狭山再審実現にむけた運動を振り返るとともに寺尾判決から50年を迎える今年、第三次狭山再審闘争がヤマ場を迎えていることから狭山再審実現の機運を住吉の地から大きく盛り上げていこうと確認した。

 主催者あいさつで友永健三理事長は「石川一雄さんは現在も仮出獄中の状態にあり、なんとしても第三次再審のうちに事実調べ、再審開始、無罪を勝ち取りたい。そのためにも住吉でもう一度狭山のとりくみを取り上げていきたい」などとのべた。

 川口隆男さん(元支部書記長)が狭山再審闘争について報告。

川口さんは69年の第13回全国青年集会に参加。石川さんの妹が狭山事件を訴えたことで事件を初めて知る。その後地元へ持ち帰り狭山事件について学習を深め、地域でとりくんだ。77年には狭山事件が部落差別によるえん罪事件であることを多くの人へ知らせるために住吉支部の5人の青年が大阪から東京まで徒歩行進を展開。徒歩行進隊の到着に合わせて名古屋、東京などの場所で住吉から参加した多くの支援者と共に街宣行動を展開した。地元では婦人部がビラ配布行動の他、子ども会ではゼッケン登校などにとりくんだ。

 

他にも87年に大阪から全国青年集会開催地である栃木県までの自転車行進やハンガーストライキなどもとりくんだ。

 徒歩行進の様子をまとめた記録ビデオのナレーションの原稿を担当するなど当時の様子を振り返った。

狭山事件はすべての証拠が石川さんの自白にもとづいて発見されたとされたが、密室の取り調べで警察の誘導によりウソの自白に追い込まれている。万年筆のインクの色が違うことや何度も捜索を行った場所から発見された時計など発見された経緯をみても石川さんを犯人とするには矛盾点が多いなどと問題点を語り、署名を呼びかけた。

狭山事件のとりくみに関わった方々からリレートークがおこなわれた。

地域で長年識字運動に関わる木本久枝さんからは、徒歩行進の時に名古屋で街宣行動をおこなった当時の思い出を語った。

「えらいことでっせ 埼玉県の話しでんがな なんもしやんのに死刑やというてまんねん 部落だけの問題やおもたら まちがいでっせ 明日はあんたに起こるかもしれん ほんとでっせ よう聞かなはれや 見て損するビラとちゃいまっせ えらいことでっせ」と、ビラ配布行動の時に大きな声で笑いとユーモアを交えて道行く人に呼び掛けた故大川恵美子さんの語りを紹介した。

西村さんからは狭山事件の話を聞いたときにこの事件を許すと部落差別を許すことになると青年が立ち上がった。当時中学生だった西村さんは5.23が修学旅行で新幹線の中で同級生にビラを配布し、宿泊先でアピールしたことや自転車行進に参加し、4時間以上かけて急な箱根の山を4時間以上かけて自転車を片手に歩いて登ったが下りになると小田原まで30分で到着したことなどの思い出を語った。

狭山事件のあと、松原パークレーン事件がおき、部落の青年に見込み捜査をかけて犯人とされた経緯が狭山事件と同じであるととりくみ無実を勝ち取った。狭山事件は我がこととして長年とりくんだからこの事件も許すことはできないと府連がとりくんだ経緯などをかたった。

集会終了後にはパネル展と鴨居展示を見学した。3度目の家宅捜索で鴨居の上に置かれた万年筆を発見した。2回にわたる家宅捜索で探しても発見されなかった。参加者は鴨居の前に立ち、万年筆を隠していたとしたら明らかに見えることを確認した。

 

 


元気なうちに再審開始の実現を  【2024/3/1】

 部落解放同盟第81回全国大会が東京の日本教育会館で3月1日、2日に開催されました。石川一雄さん、石川早智子さんがアピールをおこなったので紹介します。

 石川一雄さん

 狭山事件は再審闘争で18年もかかり無念な思いにある。この三次再審で終結するために元気に闘っていく。弁護団が求めている11人の鑑定人、事実調べを実現して無実を明らかにしていかなければならない。いま残念なことに杖を頼りにしている。今は杖を借りなければならなくなった。なんとか石川一雄が元気に立っている間に無実を勝ち取るため皆さんからさらなるご支援をお願いしたい。

 石川早智子さん

 52万人の署名を提出し今度こそはと期待したが、大野裁判長は何もしないまま退官した。袴田事件の裁判では弁護団が「裁かれるべきは日本の司法制度だ」と訴えたという。

26日のNHKおはよう日本で狭山事件が取り上げられた。その後も再審法、大川原化工機事件が取り上げられ検察、警察の傲慢さが浮き彫りになっている。

家令裁判長による三者協議が始まった。これからの闘いが重要になってくる。石川一雄が生きている間に再審開始、無罪を勝ち取りたい。さらなるご支援をお願いしたい。

 


過酷な取調べ「誰でもいいから犯人を」 兄六造さんインタビュー

   毎日新聞埼玉版(2024年3月3日付)に石川一雄さんの兄、六造さんのインタビューが掲載されました。
  石川さんが逮捕された当時、六造さんも取り調べを受けたことや、3度目の家宅捜索で石川さん宅の鴨居から発見された万年筆の発見経緯についても紹介されています。
 

 


狭山再審を実現しよう市民のつどいin関西   【2024/2/23】

「第8回狭山事件の再審を実現しよう市民のつどいin関西」が2月23日に西成区民センターでひらかれました。

 部落解放同盟大阪府連合会の袈裟丸朝子書記次長によるあいさつのあと、石川一雄さん、石川早智子さんのビデオメッセージが紹介されました。

 石川一雄さんは「絶対勝利するんだという不屈の精神で闘う」とのべ、石川早智子さんは「新しい裁判長のもとでさらに大きな行動を」と支援者へ訴えました。

 静岡大学の黒川みどり教授が「石川一雄さんの歩みと私たちの課題」をテーマに記念講演をおこないました。

 黒川さんは2023年5月に『被差別部落に生まれて 石川一雄が語る狭山事件』を出版しました。石川一雄さんの生い立ちを丁寧に聞き取り、石川さんが部落差別によって犯人とされてしまったことや、部落差別によるえん罪事件であることを多くの人に知ってもらい、裁判官にえん罪を確信させる重要性を強調しました。

 えん罪アピールでは東住吉えん罪被害者の青木惠子さん、湖東記念病院事件えん罪被害者の西山美香さん、袴田事件えん罪被害者の姉の袴田秀子さんがスピーチをおこないました。

 他にも天王寺夜間中学同窓会会長の吉崎なおみさんによる連帯あいさつや京都大学の伊藤睦教授とイノセンス・プロジェクト・ジャパン学生ボランティアによる模擬裁判、カオリンズ、アカリトバリによるライブなどがひらかれました。


「今年こそは」石川一雄さん新年メッセージ  20240101

新年おめでとうございます。

すでにご承知のように先般、私の第3次再審請求を担当する東京高裁第4刑事部の裁判長が大野裁判長の定年退官によって新しい裁判長に変わりました。期待していた大野裁判長は、インク鑑定や事実調べについて積極的な姿勢を示さないまま、また、弁護団が求めていた証拠開示の勧告についても何の結論も出さないまま退官してしまい、残念無念でなりません。何のための黒い法服を着ているのか。黒はどんな色にも染まることがないことから裁判官の公正さを象徴しているのではないのか。との思いがこみあげます。

幾度も三者協議を重ねる中で、私、石川一雄に対する無実性を示す証拠の存在をつぶさに熟知していた筈であり、またこの間、鑑定人尋問を要請した52万筆を超える署名も提出されました。52万筆の署名の後ろには、多くの人々の「鑑定人尋問を行え」という熱い思いが込められています。新たに就任された家令和典裁判長には、ぜひ、私の無実を示す科学的証拠を精査され、事実調べ・再審開始を求める52万筆の署名の重みを受け止めて、インク資料の科学的鑑定の実施と鑑定人尋問、そして、証拠開示勧告をおこなっていただきたいと強くお願いしたいと思っています。

一生懸命署名集めに奔走して下さった多くの方たちや、長い間支援して頂いた方々が、がっかりされたかもしれませんが、もう一度再審闘争にお骨折り下さいますよう、伏してお願い申し上げます。私も再度出直す心境で取り組んでまいります。

また昨年末には、狭山弁護団事務局長として、長年狭山闘争勝利に向けご尽力頂いた中北龍太郎弁護士がご逝去されました。闘い半ばで亡くなられたことは悲しく、また残念無念でなりません。一日も早く、先生に勝利の報告ができるよう、精いっぱい闘い抜きます。

支援者皆様方にありましても、何卒ご協力の程心よりお願いいたします。

まずは年頭に当たり私の決意といたします。

 

越年し今年こそはと自分に問う 支援者有っての光輝来たる

 

20241

 

                       石川 一雄



「命ある限り闘い続ける」立教大、静岡大で人権講座 2023/11

 石川一雄さん、石川早智子さんが、大学生の前で狭山事件の犯人とされ、無実を求めて60年に及ぶ闘い続けてきた人生を語った。二人は2023年10月に埼玉県新座市の立教大学へ、11月には静岡県の静岡大学で人権講座のゲストスピーカーとして招かれ、教壇にたった。

 この講演は石川一雄さんの生い立ちを綴った本『被差別部落に生まれて─石川一雄が語る狭山事件』を刊行された静岡大学の黒川みどり教授が声を掛け実現した。

 現在、石川さんは80歳を越え高齢で健康に配慮するために遠方への講演は控えているが、今回の企画を聞いた時に「若い世代に知ってほしい」と参加を決意したという。

 講座では片岡明幸中央副委員長が狭山事件について説明したあと、石川一雄さん、早智子さんが語った。

 石川一雄さんは連日にわたる密室の取り調べで「お前がやってないなら兄を逮捕する」と言われ、当時、一家の生計を支えている兄が逮捕されると家族の生活が苦しくなることから兄の身代わりとしてウソの自白に追い込まれたことや部落差別によって学校へ十分通えず、文字の読み書きが不十分で狭山事件で唯一の証拠である脅迫状の筆跡のように書くことができないことなどについて語り、「命ある限り闘い続けるので支援をお願いしたい」などとのべた。
 石川早智子さんは、本籍まで変えて部落出身出ることを隠していたが、「石川一雄さんの獄中からの手紙を読んだ時に自分も隠さないで生きようと決心した」と狭山事件を通して人生が変わった体験を語った。
(一部、解放新聞埼玉県連版から引用させていただきました。写真上 静岡大学/下 立教大学)


狭山事件の背景に部落差別 西日本新聞一面に紹介されました

2023年12月13日付の西日本新聞に山事件が取り上げられました。

一面では、機関誌の差別裁判(パンフ)を手に無実を訴える石川一雄さん、石川早智子さんのも紹介されています。

無罪を訴える石川さんを支援するために解放同盟が山パンフを発刊して50年を迎え、制作に長年関わる中央本部の安田聡さんが自白の信ぴょう性について語り、「犯人を取り逃がし焦った警察は、被差別部落の青年への集中的な見込み捜査を行った。非科学的な警察の鑑定や主張をうのみにした不な司法判による冤罪は明らか」と強調しました。

山パンフの中で石川さんは「同世代でみ書きができた(被差別部落の)人はほとんどいなかった。脅迫の筆跡にしても、時の私が字を書けなかったことをなぜ理解してもらえないのか」と語っていることなどが紹介されました。 

 

 

 

社会面では、3度目の家宅で万年筆が発見されたという石川さん宅の再現された鴨居を紹介。三者協議によって証開示が実現したことにより、191点の証が開示され、それをもとに弁護269点の新証提出しています。

万年筆は事件まで使っていた被害者のインクと石川さん宅から発見された万年筆で書いたインクを調べ、インクの含有元素が異なり、犯行時に奪い、自宅にしたとする自白に基づき3度目の家宅索で発見された万年筆は「被害者のものとはいえない」と門家が鑑定し、仮に鑑定が正しければ自白の信用性は崩れ、証ねつ造の疑いさえでてくると載されていました

 

他にも2022年に11人の鑑定人の証人尋問とインク鑑定の事実調べを高裁に請求したことや、52万筆以上の賛同署名を提出したこと。ルポライターの鎌田慧さんが「字を書けない非識字者は、文字と距離を置く生活を余儀なくされていた。時、非識字者だった石川さんが脅迫を書いて金を奪おうとするなんて、あり得ない」と指摘したことなどが紹介されました。



狭山弁護団事務局長 中北弁護士が死去

 狭山事件再審弁護団事務局長の中北龍太郎弁護士が12月8日に死去した。

 中北弁護士は1947年生まれ。1976年に大阪弁護士会に弁護士登録し狭山弁護団に参加。人権問題、えん罪事件などにとりくみ、平和・憲法を守る活動を展開してきた。

 2005年8月から狭山事件再審弁護団の事務局長をつとめてきた。

 

 今年の5・23狭山市民集会、6月の三者協議にも参加していたが、7月から入院・治療中であった。葬儀は家族のみで営まれた。(写真は今年5月の集会の様子)

裁判長が交代             2023/12/12

 狭山事件の再審請求を継続している東京高等裁判所第4刑事部の大野勝則裁判長が定年退官により交代した。後任の裁判長は家令和典(かれいかずのり)裁判長がつとめる。 

84歳の石川一雄さんは今年10月の狭山市民集会で「無罪を勝ち取るまで石川一雄は死にません。大野裁判長 12月で退官するが再審の門を開いてほしい」と訴えてきたが叶わなかった。

狭山事件から60年。一日も早く無罪を勝ち取るために家令和典裁判長あてに再審開始を求める署名ハガキを送ろう。

 

 送付先・郵便100-8933 東京都千代田区霞ヶ関1-1-4 東京高裁第4刑事部 家令和典裁判長 様

袴田事件の次は狭山   和歌山全研2023/11/15

  部落解放研究第56回全国集会が1114日、15日に和歌山県民文化会館を主会場にひらかれ、2日目の「狭山事件の再審とえん罪防止にむけた課題」分科会では石川一雄さん、石川早智子さんがビデオメッセージを寄せた。

石川一雄さんは「なんとしてもこの第三次で終結したい。ぜひともインク鑑定、事実調べ実現を願っている。鑑定人尋問も不可欠である。裁判官にお願いしているがなかなかやってくれないのがじれったい気持ち」などとのべた。

 石川早智子さんは、黒川みどりさんの紹介で静岡大学にゲストスピーカーとして招かれ「事件発生から60年が経つが今も無実を訴えていることを、若い人たちをはじめ多くの人に知っていただきたいという気持ちで伝えてきた」と語った。

早智子さんは50年以上前、就職試験の時に部落差別を受けた経験を語り、その時に石川一雄さんの強いメッセージに勇気づけられ、もう差別から逃げないと組合運動などを通じて部落解放運動に参加し励まされた。職場の中で差別発言をした人が指摘を受けたことにより変わり、退職した今も運動に関わっていることなどを紹介した。

2年前にとりくんだ狭山情宣行動で声をかけてくれた男性は石川さんと同じ小学校に通っていたという。小学校3年生の時に当時4年生の石川一雄さんが座っていたのでびっくりすると「えっ」と言って飛び出していったというエピソードだった。その男性が立ち去った後に、教室が変わったことをきづかないほど十分学校へ通えなかった石川を想像し、涙が止まらなかった。現在、証人尋問を求めていることについて「再審制度は無実のひとのための救済。60年の訴えをきいてほしい」などと訴えた。

 一家4人が殺害された事件で死刑が確定した袴田巌さんの再審が1027日から静岡地裁で始まった。袴田秀子さんはあいさつで、「57年闘ってやっと再審が実現した。57年目でもやっと再審が実現したのはみなさまのご支援の後押しがあったおかげ。まだ結審はしていないが来年には結審すると思う、無実なので絶対無罪を勝ち取ると思っている。巌は妄想の世界に入っているが、巌が息をして刑務所から出てきたことが嬉しい。石川さんは事件から60年が経つ。えん罪事件で苦しんでいる皆さんに再審開始になっていただきたい」などとのべた。

狭山事件再審弁護団報告を竹下政行弁護士が、袴田事件弁護団の小川秀世弁護士が袴田事件再審の教訓と無罪判決に向けた課題、袴田巌さんを救援する清水・静岡市民の会の山崎俊樹事務局長が再審開始につながった味噌漬け実験について講演をおこなった。

無罪勝ち取るまで死ねない  再審求める市民集会   2023/10

 狭山事件の再審を求める市民集会が10月31日に日比谷野外音楽堂でひらかれた。狭山事件から60年、確定判決となった控訴審の寺尾判決から49年を迎えた。

 石川さんと同じくえん罪被害者の袴田巌さんの再審が実現し、「次は狭山」を合言葉に事実調べ、再審開始、無罪を勝ち取るために今後も各地で署名などをとりくんでいくことを確認した。

 石川一雄さんはあいさつで「この再審で無罪を勝ち取るまでは石川一雄は死にません」とのべ、千葉刑務所で共に獄中を体験した桜井さんが亡くなったことについて「非常に残念です。お互いに頑張ろうと話をした」と語った。12月に退官する大野裁判長については「最低でも事実調べを求めたい。なんのために三者協議に出ているのか」と批判した。再審開始へ向けて「裁判所に対して要請行動をおこしていただきたい」と支援を呼びかけた。

 石川早智子さんは「2009年に門野博裁判長の決断により初めて証拠開示が実現した。その2か月後に門野裁判長が退官された。大野勝則裁判長の退官までまだ2か月ある。法の番人である裁判官を信じたい。みなさんの力で石川が元気な間に無罪を勝ち取りたい」と支援を呼びかけた。

 

えん罪被害者の袴田事件の袴田巌さんの姉の秀子さん、足利事件の菅家利和さん、東住吉事件の青木惠子さん、湖東記念病院事件の西山美香さんが連帯アピールをおこなった。

 袴田事件は10月27日に再審公判がはじまり、来年3月には結審、夏には判決が予定されている。袴田巌さんのかわりに出廷した姉の秀子さんは罪状認否で「弟、巌に真の自由をお与えくださいますよう、お願い申し上げます」と無罪を主張した。集会で秀子さんは来年の夏には無罪というものがもらえると思っている。巌の次には石川さんの番。これからも共にがんばっていきたい」と話した。

 弁護団は、昨年8月、弁護団は東京高裁に対して、有罪の決め手とされた「万年筆」についてインク資料の鑑定とこれまでに提出した新証拠の鑑定人11人の証人尋問を求める事実取調請求書を提出した。現状を説明し、大野裁判長が12月に退官するまでに何らかの決断を求めた。

 ルポライターの鎌田慧さんは「再審を開始させ、無実をかちとることは、石川一雄さんを救うだけでなく日本の民主化を進めていくための正義を取り戻す闘い」などとのべた。

 集会終了後、参加者はデモ行進をおこない石川さんの無実を訴えた。


被差別部落に生まれて石川一雄が語る狭山事件 黒川みどりさん学習会

 狭山事件60年 「狭山事件を世に問う石川一雄さんの半生から」をテーマに10月24日にPLP会館で集会を開催し、約150人が参加しました。

 石川一雄さんの生い立ちを綴った本『被差別部落に生まれて─石川一雄が語る狭山事件』を刊行された静岡大学の黒川みどり教授が狭山事件について講演しました。

 黒川さんは100年以上前に起きた米騒動の時から政府、権力によって被差別部落が利用されていたことや、石川さんの生い立ちや石川さんが逮捕された当時の報道などを紹介し部落差別によるえん罪事件であることを紹介しました。石川さんの聞きとりの中で「私が言いたいことは東京高裁の最終意見陳述に書かれている。ぜひ読んでほしい」と石川さんが何度も訴えていたことから最終意見陳述を本の巻末に全文入れることを決めたそうです。

 他にも、今話題の映画「福田村事件」について、「映画によって100年前の関東大震災の時に朝鮮人虐殺がおきたことも再認識されるようになった。集団(同調)による弱者への暴力、抑圧の移譲として暴力が引き起こされていくことも再認識されることになった」とのべました。また、中上健次の書籍で「私の想像する被差別部落民虐殺と朝鮮人虐殺は、説明の手続きを無視していえば、不可視と可視の違いである」「私がありありと視るのはこの不可視の虐殺、戦争である」などの一文を紹介し、「直接殺す行為でなくとも狭山事件は不可視の虐殺といえる。今も危険と隣り合わせにあり、今後も権力の監視を怠ってはいけない」などとのべました。11月には静岡大学で狭山事件と人権問題をテーマに石川一雄さんが登壇する予定です。石川さんは「若い人たちへこの問題を伝えたい」と参加を決めたそうです。

 行動提起では、狭山再審実現をめざし、府内各地でパネル展と再現された鴨居の展示開催の呼びかけ、再審法改正にむけた署名の呼びかけをおこないました。

 会場後ろには「狭山事件60年目の真実 狭山事件はえん罪です」パネル展と石川さん宅の鴨居も再現しました。

 石川さん宅で発見された被害者の万年筆は2回の家宅捜索で発見されず、3度目の家宅捜索で発見されるなど発見経緯に不自然な点が多くあります。20人以上の警察官が2時間以上かけて捜索しても見つからなかったとされていますが、本当に見落とすことがあるのでしょうか。

 再現された鴨居の前に立ってみると万年筆をすぐに見つけることができ、2回にわたる家宅捜索では万年筆がなかったのではないかと想像できました。


●府内4か所で街宣行動

  石川一雄さんの無実を多くの人に知ってもらうために2023年10月23日に天王寺駅前、池田駅前、和泉府中駅前、近鉄八尾駅前の4か所で街宣行動をおこないました。事実調べ、再審開始実現へ向けて、5000個のビラ入りティシューを配布し、署名を呼びかけました。


  今年の極夏もやっと峠を越えたものの、熱中症、新型コロナ、インフルエンザが猛威を奮いました。支援者皆様方におかれましては、いかがお過ごしでしたでしょうか?私は元気そのものであります。

  ただ、新型コロナ感染が拡大し、俳優の志村けんさんが新型コロナに感染し、急死されたこともあり、私も高齢のうえ糖尿病の持病もあることから、支援者皆様方には申し訳なく思いつつ、「生き抜いて冤罪を晴らす」ために、この2~3年、極力外出を控えさせて頂きました。

また最近特に、目が見えにくくなり、階段等で転んだこともあったので、遠くの集会等に支援のお願いに出ていくことも遠慮させて頂いております。

その間にも、支援者皆様方には、高裁に鑑定人尋問を求める署名を51万筆以上集めて頂いたり、「狭山の闘いを止めない」と高裁前アピール行動や各地での集会やスタンディング、座り込み、23デーの取り組み等を続けて下さっていたことは、私をどれほど奮い立たせ、また希望を頂いたかしれません。

なにはともあれ、今は、第3次再審闘争の最重要な局面を迎えており、57回目の三者協議も来月に予定されていますが、現在の状況を直視すれば、大野裁判長の退官は12月に迫っている由で、事実調べ・再審開始の可否の判断は、次の裁判官に託すにしても、それほど時間はかからず判断されるものと思われます。

49年前の寺尾確定判決の一部を引用すると「いやしくも捜査官において所論のうち重要な証拠収集過程においてその1つについてでも、弁護人が主張するような作為ないし証拠の捏造が行われたことが確証されるならば、それだけでこの事件は極めて疑わしくなってくる」とあり、そうであるならば、鑑定人尋問の必要はないと主張する検察に対し、裁判官は毅然とした態度で鑑定人尋問を行うことが求められていますし、また、職権でインクの鑑定をして頂きたく切に願っています。

私自身は、確定判決のあげた証拠に対して、つぎのような疑問を追及することも重要ではないかと思っています。

その一つは、解剖鑑定では被害者の死亡時刻は食後最短で三時間というように判断されておりますが、被害者の解剖結果によると胃に250CCもの残留物があり、担任教師によれば、昼の給食は125分ごろ終わったと述べており、当日給食に出ていないトマトも残留物に含まれていた由であり、確定判決のストーリーと食い違うという点です。

2点目は、人間が死ねば重力によって血液は下に下がり、死斑が発生し、その死体を動かしても8~10時間経過していると消えないと言われております。死体の腹部、背部の両側に赤い斑点(死斑)があったそうですが、私を犯人とするならば、5時間以内に動かしたことになりますので、背中に斑点(死斑)が存在していたということは時間的におかしいのです。

確かに確定判決の7点の情況証拠、秘密の暴露と自白を完全に潰し、事実調べ・再審開始を求めるのが一番と思われますし、そのように戦われていることは承知しておりますが、その都度、検察は時間をかけて反論等を提出してくるので、いたずらに時間が過ぎ、その結果、私の命が失われていくことになります。こうした検察官のやりかた(再審妨害)を止めるには、やはり再審法の改正しかないのかもしれません。

第3に万年筆の件は今更私が申し上げる迄もありませんが、弁護団の皆様方には、何時如何なる時でも長期間に渡って多大なご尽力、ご協力を賜っていることに、心から敬意と感謝の念で一杯ですが、私が逝ってから無罪を勝ち取っても遅いので、つい泣き言、愚痴を(こぼ)してしまいました。

事実調べ・再審開始の可否の判断を次の裁判官に委ねることになっても、支援者、弁護団の皆様方と共に奮闘して参る決意は変わりませんが、何卒、皆様方も、今次の再審闘争に全勢力を傾注して下さいますよう伏してお願い申し上げます。

先の見通せない中で、寺尾不当判決糾弾集会が全国各地で開催されている訳ですが、私も年齢的にみて今次の第3次再審請求にかけており、全国の支援者皆さん方のご支援、ご協力に応えるべく、全身全霊で闘い抜くことをお誓いして寺尾不当判決から49年を迎えての決意とさせていただきます。

 2023年10月             石川 一雄

 ●裁判長退官前に再審開始を  狭山活動者会議 2023/09/19

拡大全国狭山活動者会議狭山住民の会全国交流会が9月19日にエルおおさかでひらかれた。

 弁護団は昨年8月に、東京高裁第4刑事部(大野勝則裁判長)に対して、万年筆の鑑定と11人の鑑定人尋問を求めたが検察はこれまでの三者協議で「不必要」などと反論を重ねている。狭山事件から60年を迎え、再審実現へむけてこれまで51万筆以上の署名が集まっている。

 主催者あいさつで西島藤彦中央委員長は「12月に退官する大野裁判長のもとでの再審決定は厳しいが、裁判長に迫る姿勢は堅持し最後まで努力したい」と訴えた。

  石川一雄さん、石川早智子さんはビデオメッセージを寄せた。石川一雄さんは「ねつ造された万年筆について明らかにするために再審を実現してほしい。証拠を精査すれば無実は明らかだ。来年は85歳。皆様と共に喜べるようえん罪を晴らすために一層の支援を」などと訴えた。

  早智子さんは「昨年11人の鑑定人尋問請求で狭山闘争も大詰め山場を迎えたが検察は不誠実な対応を繰り返している。裁判長は勇気をだして鑑定人尋問を判断していただきたい。昨年から現地調査が増え、直接出会い、現地で訴えることが石川の生きがいであり元気の源になる。寺尾判決から49年目を迎える10.31狭山市民集会には多くの人の結集を」などと呼び掛けた。

 弁護団報告を竹下政行弁護士がおこなった。

 狭山事件では2009年に門野博裁判長が証拠開示を勧告し、これまで多くの証拠が開示された。この影響を受け、竹下弁護士が関わる東住吉事件においても証拠開示が実現し狭山事件のみならず他の裁判でも大喜な影響を与えている。

 また、脅迫状・封筒、足跡、音声、血液型、手ぬぐい、タオル、スコップ、目撃者証言、鞄、万年筆、腕時計に関する確定判決の判断構造を寺尾判決の順にそったチャート図で整理し新証拠と11人の鑑定書を丁寧に説明した。

 

 基調提案を狭山闘争本部の片岡明幸部長がおこない2月~5月にかけて「証人尋問は必要なし」との検察官の意見書に対して、弁護団は鑑定の必要性と意義を訴え続けている。弁護団は専門家が蛍光X線分析をおこなったところ、被害者が使っていた万年筆のインクと被害者が学校のペン習字で書いた文字のインクと石川さん宅で発見された万年筆のインクの成分を調べた結果、インク成分が違うことを科学的に証明した。分析には大きな機械が必要だったが今回、その装置を鞄に入るサイズまで小型化し、その鑑定をビデオに撮影し裁判官に示したが反応がなかったことを報告した。片岡さんは基本方針は変わらないとのべ、引き続きの署名運動、10.31市民集会へ結集、各地で集会や学習会の開催を提案し「最後の決戦に勝つ信念でとりくんでほしい」と訴えた。

 閉会あいさつで赤井隆史中央書記長が「はじめてネット署名をとりくんだが狭山事件に関心がある層がネットとは距離があるが、若い世代の世論喚起へむけてネットにとりくむ必要性もあると感じている。今年は事件から60年の節目の年。再審開始の実現へ向けて各地で支援を広め、とりくもう」などとのべた。

 

【えん罪を生む日本の社会構造 黒川みどりさんが講演 20230918】

「狭山事件 えん罪を生む日本の社会構造」シンポジウムが9月18日、サクラファミリア聖堂でひらかれ約60人が参加した。カトリック大阪教会管区部落差別人権センターの主催。シンポジストとして、部落解放同盟中央本部の安田聡さん、静岡大学の黒川みどり教授が登壇した。

 「えん罪・狭山事件と部落差別再審闘い」と題して、安田さんが講演を行った。

 狭山事件は今から60年前の1963年5月1日におきたが、同じ年の3月に吉展ちゃん事件でも警察は相次いで犯人を取り逃がした。多くの非難が警察に集中し警察長官が辞任に追い込まれた。焦った警察が被差別部落に見込み捜査をおこない、部落出身の石川さんを別件逮捕した。当時のマスコミは「環境のゆがみが生んだ犯罪・用意された悪の温床」「犯罪の温床四丁目部落」と差別報道がされた。石川さんが取り調べで警察に騙され自白したことなど狭山事件は部落差別によっておきたえん罪事件であることなどを報告した。

 狭山事件から60年を迎える今年5月に「被差別部落に生まれて 石川一雄が語る狭山事件」(岩波書店)が刊行された。その著者である黒川みどりさんが講演をおこなった。

 黒川さんは「狭山事件についての講演ははじめて」と語り、2021年に国立歴史民俗博物館に見学に来た石川一雄さん、早智子さんを対応した時に石川さんの生い立ちを初めて聞き、「狭山事件のことは多くの人が知っているが、石川一雄さんがどんな人か知らないのではないか」と考え、片岡明幸中央本部、中央狭山闘争本部長の全面的協力を得て、2022年7月から今年3月まで十数回にわけて石川一雄さんに聞き取りをおこない、本の出版にいたった。えん罪を晴らすこと、運動の中に埋没しがちな石川さんに焦点をあてたのは多少意味があったのではないかなどとかたった。

 また、石川さんの生い立ちを紹介し、貧困、差別によって教育を十分受けることができず、10歳の時から8年間奉公に務め、読み書きができないことから日当の仕事に関わりプレス工場で指を失い仕事を辞め、その後ゴルフ場で住み込みなどをおこなう。東鳩工場で責任者となり日報が書けないことが社内で広まり仕事をやめた。

 石川さんが逮捕された当時の新聞には「環境のゆがみが生んだ犯罪」「犯罪の温床」などとかかれた見出しが羅列されていた。

 このような被差別部落に対するまなざしは今に起こったことではなく100年以上まえからおきているとし、日露戦後の1908年に全国的先駆けた三重県では部落改善政策を開始し、「難村」として浮上した被差別部落の監視と強制による生活‘改善‘をおこなった。

1918年の米騒動ははじめおきたのは漁民の妻たちからわきおこった。米騒動の中で被差別部落が1割訴えてもあたかも被差別部落が米騒動をやっているかのような宣伝を警察がおこない、それを新聞、裁判なども被差別部落に責任を押し付けていった。政府も被差別部落民が米騒動に立ち上がっていない県名、地域まであげてやっているかのように宣伝していった。自然発生的に広がる米騒動を食い止めるために政府は差別意識を利用し被差別部落を利用した。

前年にはロシア革命がおき、日本でも起こるのではと政府は危機感を持ち、原敬内閣を誕生させ民衆を維持した。

 

 今問われていることとして竹内好さんの差別のなかにいながら差別の自覚のないことか最大の差別という文を紹介し、「人権侵害にたいして研ぎ澄まされた視点が必要」などとのべた。

【「獄友」 布川事件で再審無罪の桜井昌司さんが死去】

「布川事件」で再審無罪を勝ち取り狭山事件の再審無罪に向けても精力的に支援した桜井昌司さんが8月23日、水戸市内の病院で死去した。76歳だった。
 桜井さんは20歳だった1967年に茨城県利根町布川でおきた強盗殺人事件で杉山卓男さん(2015年に死去)とともに逮捕・起訴され長時間の取り調べを受けて殺害を自供。2人は公判で「自白を強要された」などと主張したが1978年に無期懲役が確定。1996年に仮釈放されるまで29年間身柄を拘束された。
 いっかんして無実を訴え続け2度にわたって再審を請求。2005年に自白の信用性に疑問が生じたとして再審開始が決定し、2011年の水戸地裁土浦支部の再審公判で無罪を勝ち取った。
 自らの経験からえん罪をなくすための活動にも尽力し、「獄友」である石川一雄さんの再審にむけても熱心な支援活動をおこない、5・23、10・31の市民集会には毎回のように参加し連帯のアピールをおこなっていた。
 2018年には府連などでとりくんだ朝日新聞の狭山意見広告にも全面的に協力。足利事件の菅家利和さんとともに、石川さんの案内で狭山現地調査を実施。強要された「自白」に沿って現地を歩き自白の矛盾を実感した桜井さんは「被害者の女性がいつでも逃げ出せるのに、見知らぬ男性(石川さん)についていくことなどありえない」と話していた。
 2019年には末期がんと診断されたが闘病生活を送りながらえん罪被害者支援、再審法の改正にむけた活動は続け、昨年には桜井さんの人生を追ったドキュメンタリー映画「オレの記念日」が全国公開されていた。

 第56回三者協議が2023年8月10日にひらかれました。東京高裁第4刑事部の大野勝則裁判長と担当裁判官、東京高等検察庁の担当検察官、弁護団からは、竹下、高橋、青木、近藤、小野、小島、山本、指宿の各弁護士が出席しました。

事前に開かれた弁護団会議には、横田、平岡弁護士もオンラインで参加しました。また、部落解放同盟中央本部の西島委員長、赤井書記長、片岡副委員長がオンラインで参加し、あいさつをおこないました。西島委員長は、今後さらに事実調べを求める世論を大きくしていきたいと述べました。

協議では、弁護団から、検察官が提出した意見書に対する反論と事実調べの必要性を明らかにした意見書を順次提出していくことを伝えました。また、スコップ関連の証拠開示について資料の存否について検察官が明らかにするよう裁判所の職権発動を求めました。

次回の三者協議は11月上旬におこなわれる予定です。

検察官は、弁護団が求めた11人の専門家の鑑定人尋問とインク鑑定の実施について、すべて必要ないとする意見書を、ことし2月~5月に提出してきました。これに対して、弁護団は、スコップについての意見書、鑑定請求補充書につづいて、自白、血液型、識字能力、殺害方法等について、反論の意見書を提出していくことにしています。検察官は、これらがすべて提出された段階で再反論を検討するとしています。東京高裁は、それらを受けて事実調べ(鑑定人尋問とインク鑑定の実施)について判断することになります。

証拠開示が進み、専門家による科学的な新証拠が提出されているこの第3次再審請求で何としても事実調べを実現しなければなりません。それが再審開始への突破口です。


弁護団が検察官スコップ意見書への反論を提出(2023年6月30日)

 

2023年6月30日、弁護団は検察官が提出した意見書の誤りを明らかにした新証拠と意見書を提出しました。提出したのはスコップについてF鑑定人の意見書と補充書です。提出された新証拠はこの他のものも含めて261点になりました。

弁護団は、第3次再審請求で、元科捜研技官のF鑑定人による意見書を新証拠として提出し、有罪判決が根拠としたスコップについて、死体を埋めるために使われたものとも、石川さんがかつて働いていた養豚場のものとも言えないことを科学的に明らかにし、スコップを有罪証拠とした確定判決に合理的疑いが生じていると主張しました。これに対して検察官は、科警研技官の意見書など反論の意見書を提出しました。

弁護団は、昨年8月に提出した事実取調請求書で、F鑑定人の証人尋問を求めましたが、検察官は、ことし2月に鑑定人尋問の必要性はないとする意見書を提出しました。今回提出された新証拠と補充書は、この検察官意見書の誤りを明らかにするものです。

一方、スコップが死体を埋めるのに使われたものとする根拠となった埼玉県警鑑識課員の土壌鑑定に関わって、弁護団が求めた証拠開示請求に対しては、検察官は応じず、あるかないか答える必要がないと回答するにとどまっています。

スコップは発見直後に何の客観的根拠もなく、石川さんと同じ被差別部落出身者が経営する養豚場のスコップと決めつけられ、被差別部落に対する見込み捜査の出発点になっています。開示された捜査報告書から、捜査本部が養豚場関係者に捜査を集中し、その中からかつて働いていた石川一雄さんが狙われていったことが明らかになっています。

スコップは有罪判決の誤り、冤罪を明らかにする重要な争点の一つです。警察の誤った鑑定によって、狭山事件の有罪判決を支える証拠の一つとされたスコップについて、東京高裁は、科学的な新証拠をふまえ、鑑定人尋問をおこなうべきです。また、弁護団が求めているスコップ関連の証拠開示について検察官に開示命令を出すべきです。

 

弁護団がインク資料の鑑定請求について補充書を提出(7月14日)

 

弁護団は、7月14日に、東京高裁に鑑定請求補充書を提出しました。

狭山事件では、被害者の万年筆が自白通り石川さんの家から発見されたとして、有罪判決を支える重要な証拠とされています。弁護団は第3次再審請求で、2018年8月に、I鑑定人の蛍光X線分析によるインクの鑑定を提出し、石川さんの家から自白通り発見されたとして有罪の根拠となった万年筆は被害者のものといえないことを科学的に明らかにしました。I鑑定人は、蛍光X線分析装置を検察庁内でインク資料の検査をおこなったところ、被害者が事件当日に学校で書いたペン習字浄書の文字インクや被害者が使っていたインク瓶のインクからはクロム元素(Cr)が検出されましたが、石川さんの家から発見された万年筆で書いた文字(数字)のインクからはクロム元素が検出されませんでした。発見万年筆のインクは被害者が使っていたインクではなく、別インクを補充したという、これまでの裁判所の判断でも説明できないことが明らかになったのです。

弁護団は、昨年8月に提出した事実取調請求書において、発見万年筆で書かれた数字、被害者のペン習字浄書、被害者のインク瓶のインクなどのインク資料について、別の専門家による蛍光X線分析鑑定を裁判所の職権で実施するよう求めました。

検察官は、ことし2月に提出した事実調べ請求に対する意見書において、I鑑定人の証人尋問もインク資料の鑑定の実施も必要がないと主張しました。

検察官は、被害者が、万年筆を水で洗ったうえで別インクを入れれば、元のインクに入っていたクロム元素が検出されなくなるなどとして、発見万年筆で書いた数字のインクからクロム元素が検出されなかったとしても、発見万年筆が被害者のものでないとはいえないと主張してきたのです。発見万年筆のインクからクロム元素が検出されなかった鑑定結果に対して科学的に反論できないので、被害者が万年筆を水洗いしたなどという、あらたな主張を、半世紀以上を経た今になって持ち出してきたのです。被害者が万年筆を洗っているところを見たという級友の証言があるわけでもありません。被害者が万年筆を水で洗って別インクを入れたなどという何の客観的根拠もないのです。「水洗いして別インク補充」などということは検察官の憶測以外の何物でもないのです。

今回提出された鑑定請求補充書は、鑑定人を推薦するとともに、使用可能な蛍光X線分析装置を具体的に提示、説明して、あらためて裁判所によるインク資料の鑑定の実施を求めるとともに、鑑定の実施を必要ないとする検察官意見書に反論するものです。

補充書では、事件当日の被害者の学校の時間割なども示して、検察官が主張するような万年筆を洗って別インクを補充するという行為は合理的にありえないし、その必要性もないことを指摘しています。


【私はやっていません。石川さんが訴え。    北海道新聞】

2023年7月31日付けの北海道新聞に掲載されました。狭山事件から60年、被害者の万年筆の発見経緯や文字が書けない人が脅迫状を書いて人を脅す行為はどうしても矛盾がおおく不自然です。司法は過ちを認めて一日も早く再審開始の実現が必要です。



 

【一日も早く再審開始を 署名51万筆を提出 2023/6/7】

石川一雄さんの再審を求めて、学者・文化人らでつくる「狭山事件の再審を求める市民の会」が呼び掛けた署名を2023年6月7日に提出した。昨年秋に提出した11万筆とあわせて51万4577筆の署名が寄せられた。
 裁判長は証人尋問、事実調べをおこない一日も早く再審開始を実現してほしい。

●石川さんは無実 狭山事件を考える

 

 第10回シネマde人権「SAYAMA×SAYAMA 狭山事件から60年 部落差別と冤罪を考える」が7月1日に大阪公立大学文化交流センターホールでひらかれた。大阪公立大学人権問題研究センターの主催。

 映画「SAYAMA みえない手錠をはずすまでの上映の後、「万年筆インクの鑑定を 狭山事件60年目の真実」をテーマに中央本部の片岡明幸副委員長が講演をおこなった。

 狭山事件は女子高生が誘拐された直後に脅迫状が自宅に届き身代金受け渡し場所に現れた犯人を取り逃がし、その二日後に被害者が遺体で発見された。警察のずさんな捜査によって被害者が殺された事件はその年に二回起きていたことから警察に避難が集中し国会でも責任追及された。国家公安委員長は、記者会見で〈何としても生きた犯人をつかまえる〉と発言。その後、事件発生現場付近にある被差別部落へ見込み捜査がおこなわれ、5月23日に石川一雄さんを別件逮捕し、密室の取り調べによってウソの自白においこまれた。

 第三次再審で2009年に門野博裁判長の証拠開示勧告によって、検察が隠し持っていた証拠が開示された。その証拠をもとに弁護団は翌年から次々と新証拠を提出した。その証拠の中でも特に石川さんの無実を証明できる11人の鑑定人の尋問請求を昨年8月におこなった。

 片岡さんは「数ある証拠の中でも最大の争点は万年筆だ」とのべ下山第二鑑定を紹介した。

 事件当日、被害者が使っていた万年筆で書いたペン習字と被害者の持ち物のインク瓶と石川さん宅で3度目の家宅捜索で発見された万年筆とその万年筆で被害者の兄が書いた数字の4点についてインクの成分を蛍光X線で分析し、被害者の持ち物と発見万年筆のインク成分が違うことが科学的に証明された。

 その結果に対して検察は、「反証する」とし、弁護団と同じ実験をして確認するとしていたがおこなわず、「成分がちがうのは、万年筆のインクがなくなり水洗いをしてインクを補充した」などとなんの証拠もないのに検察の仮説を主張している。

 他にも誰が見てもちがうことがわかる証拠として①被害者を縛るときに使った手ぬぐいの捜査過程で石川さん宅の証拠品数を1から2にねつ造した書面?取り調べの録音テープには石川さんが事件を知らないことや文字がわからず警察に教えてもらって書いても正しく書けなかった③逮捕当日に石川さんが書いた上申書が事件発生から49年目に開示された。脅迫状には強調したい部分を大きく書くなどの特徴があるが、上申書には拗音、濁音、漢字などまちがいがおおく、当時、十分学ぶことができず文字の読み書きが苦手だった石川さんが文字をつかって人を脅すことは想像できない。

 片岡さんは、「2009年に第三次再審で門野博裁判長は退官直前に証拠開示を勧告し、それによって多くの証拠が開示されている。今年12月に退官する大野裁判長も退官前に鑑定人尋問を決定するのではと期待している」などとのべた。

大崎事件 再審認めず          2023/6/5

 鹿児島県大崎町で1979年に男性の遺体が見つかった大崎事件の第4次再審請求審で、福岡高裁宮崎支部は6月5日、殺人罪などで服役した原口アヤ子さん(95)の請求を棄却した鹿児島地裁決定を支持し、再審を認めない決定を出した。矢数昌雄裁判長は「新証拠は確定判決に合理的疑いを生じさせるものではない」とした。弁護側は最高裁に特別抗告する。

 1976年、白鳥事件の再審請求に関する特別抗告を棄却した際に最高裁が示した判決では検察官が被告人の犯罪を証明することができなかった場合には、裁判官は被告人を有罪とすることができないとする「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が再審法でも適用されるべきとし、この判例をもとに3人の死刑囚が無罪を勝ち取っている。大崎事件でも原口さんの無実を証明できる証拠を提出しているのに再審開始が実現していない。一日も早く再審開始の扉をあけるために声をあげていこう。

 石川一雄さんが不当逮捕されて60年を迎えた5月23日に東京・日比谷野外音楽堂で狭山事件の再審を求める市民集会がひらかれ雨が降りしきる肌寒い中、全国各地から約1200人が参加した。

 昨年、11人の鑑定人尋問実現をめざし、高裁に事実調べを求める緊急署名」運動を展開。これまでの署名と合わせて個人で513673筆、団体署名は2344筆が寄せられた。署名が入った段ボール箱の前で石川一雄さん、石川早智子さんがアピールをおこなった。

石川一雄さんは「この60年間は涙、涙だった。勝利するまで元気で闘っていく。えん罪が晴れるまで応援をよろしくお願いします」とのべ、石川早智子さんは昨年から始まった署名が51万筆を越えたことについてお礼をのべ、「60年を迎えた今、狭山事件は大きく動いている。えん罪が晴れるようになんとしてもたたかう」などと支援を呼び掛けた。

 

鎌田慧さんは「石川さんを犯人とする証拠には不自然な点が多く3回目の家宅捜索で発見されたことやインクの色も元素もちがうことや一番おかしいのは被害者が使っていた自転車が家の収納庫に入れられていたこと。石川さんがもっていくなんて考えられない」とのべ、「(石川さん逮捕は)被差別部落に対する予断と偏見からはじまった。文字が書けない人が脅迫状で脅すなんて考えられない。そういった常識、人に対する愛情がない。人間を人間扱いしない、人間を殺していく裁判に正義が帰るようにしたい」などとのべた。

 えん罪被害者からの訴えでは袴田巌さんの姉のひで子さんは「えん罪被害者の皆さん。ぜひがんばって再審開始を勝ちとってください。今度こそは石川さんの再審開始です」と励ました。他にも布川事件の菅家利和さん、東住吉事件の青木惠子さんらがアピール。

 東京高裁が鑑定人尋問などをおこない、再審を開始することや再審法改正を求める集会アピールが採択された。

 集会終了後デモ行進をおこない、今年こそ再審開始をなどと道行く人に訴えた。


石川さんは無実 現地調査で再確認

 狭山市民集会の翌日、2023年5月24日に狭山現地調査をおこない、埼玉県連の菊地聡さんから案内を受けました。

 石川一雄さんは逮捕当時、犯行を否認していましたが密室の取り調べによって兄が犯人と騙され兄の身代わりにウソの自白に追い込まれました。
   その自白に沿って石川さんが事件当日に歩いたとされる道のりを歩きました。被害者が下校時に石川さんと出会ったとされる時間と自白による時間の経過はまったくあわず、殺害現場とされた雑木林までの道程を被害者は石川さんの後ろについていったとされる農道には事件から60年が経過した今も農作業をしている方がいました。いつでも助けを求めることができるのに黙ってついていったということになっています。不自然な点が多く石川さんが犯人ではないことを再確認しました。
 現地調査終了後、石川一雄さん、石川早智子さんと交流した。石川さんは「悪夢の60年だった。自白してしまったからこういう結果になってしまった。上司や部下が自白しても自白しなかった村木厚子さんのように頑張ればよかったなと、あと二日間がんばれば証拠がないので放免になったはずと(だいぶ後になってから)弁護士さんから言われた」と語り、兄が犯人だと警察に騙され兄の身代わりで自白した経緯や「人生をかけて闘わなくてはいけない」と足腰を鍛えるために夕方から10時くらいまで公園で歩き、体重も太らないように制限し、今は39キロを維持しているなどと語った。

早智子さんは「60年目の狭山にマスコミが多く取り上げてくれている。第三次が石川にとって生きての闘い。大阪は女性部、青年部が先頭になってとりくんでくれていた。最後のチャンスを応援していただきたい」と支援を呼び掛けた。

 参加者は現地調査に参加した思いを語り、交流を深めた。


狭山事件の60年    2023/5/16


 狭山事件から60年を迎えた2023年5月1日、朝日新聞夕刊一面に石川一雄さんのことが紹介されました。

 事件から60年が経過し84歳になった石川一雄さんは今も無実を訴え続けています。石川さんの無実を明らかにする証拠はそろっています。

 事実調べ、再審開始を実現し、一日も早く無実を勝ち取りましょう。

 


【袴田巌さん再審決定】

袴田事件の再審が2023年3月13日に決定しました。

袴田事件は1966年に静岡県の一家4人が殺害された事件で、死刑が確定した袴田巌さん(87)の第2次再審請求の差し戻し審で東京高裁は3月13日、再審開始を認める決定をしました。2014年の静岡地裁決定に続き2度目の決定です。

事件後に味噌樽の中から発見された犯人のものとされる衣類が袴田さんのものとされたことが判決の理由とされましたが、大善文男裁判長はその衣類について捜査機関側が捏造(ねつぞう)した可能性が極めて高いとし、「到底袴田さんを犯人と認定できない」と結論付けています。

事件から間もなく57年。一日も早く無実を勝ち取るために応援したいと思います。

次は狭山を合言葉に再審の扉をあけるために今後も声をあげていきましょう。 


 

【検察官は早急に証拠開示を    第53回三者協議】

2023年1月31日、東京高裁で第53回三者協議がひらかれました。東京高裁第4刑事部の大野勝則裁判長と担当裁判官、東京高等検察庁の担当検察官、弁護団からは、中北事務局長、竹下、平岡、近藤、青木、河村、七堂、小野、小島、山本、指宿の各弁護士が出席しました。事前に開かれた弁護団会議には、部落解放同盟中央本部の赤井書記長が出席し、あいさつをおこないました。事実調べを求める署名の広がりを報告するとともに、再審開始にむけて、さらに弁護団のとりくみを後押ししていきたいと述べました。

協議で検察官は、弁護団の事実調べ請求にたいする意見書、および昨年8月に提出された新証拠(法医学者の意見書など)に対する反論は2月末までに提出し、昨年12月に提出された血液型に関するE鑑定人の意見書に対する反論を3月末までに提出すると述べました。

スコップ、タオル関係の証拠開示については、検察官は、前回の三者協議で述べた通り「不見当」であるとだけ述べました。弁護団は、検察官が2月末までに提出する事実調べについての意見書をふまえて、鑑定人尋問とインク資料の鑑定の実施を求める意見書を提出すると述べました。また昨年7月に検察官が提出した意見書に対する反論もこの事実調べ意見書の中で明らかにすると述べました。

 

 

弁護団は、1月30日に事件当時、警察官らが、タオルを製作・配付した食品会社やタオルの配付を受けたとされる東鳩製菓(本社や工場)に行って、帳簿や贈答品控え簿などを直接確認して調査していることを示す捜査報告書等を具体的に添付して、弁護団が開示を求める記録類が存在するはずであると指摘し、検察官の「不見当」回答は信用できないとして、改めて裁判所による開示勧告の発令を求めました。

 

  次回の三者協議は4月中旬におこなわれる予定です。

 

昨年9月から始められた事実調べを求める緊急署名は、昨年10月末で10万筆を超える署名が集まり、さらに、第2次集約とあわせてこれまで30万筆を超える署名が集まりました。東京高裁が、弁護団の求める11人の鑑定人尋問とインク資料の鑑定を実施するよう求める世論の高まりを示しています。今後、検察官、弁護団双方の意見書の提出を受けて、事実調べについて協議がおこなわれ、裁判所が判断することになります。さらに、全国で、新証拠の学習・教宣を強化し、署名運動にとりくみ、事実調べを求める市民の声を裁判所に届けましょう。

 

また、検察官は弁護団が求める証拠開示について、不誠実な対応に終始しています。再審請求における検察官の証拠開示を義務化し、再審開始決定に対する検察官の抗告を禁止するなどの再審法改正を実現することも緊急の課題です。証拠開示を求める世論を大きくすることが、裁判所の開示勧告発令を促すことになります。再審法改正を国会に求める署名もあわせてとりくみましょう。


「証拠が不見当」不誠実な回答繰り返す検察 第52回三者協議

第52回三者協議が11月24日にひらかれ(被害者の目隠しにつかったとされる)タオル関係の証拠開示について検察官は「不見当」(見当たらない)とのべた。また、タオルと同様に裁判所が開示の検討を促した(被害者を埋めた時に用いたとされる)スコップ関連の資料についても検察官は「開示に応じる必要はない」と対応済みとの回答に終始した。

 弁護団は検察官が7月に提出した意見書に対する反論として血液型に関する法医学者や元科捜研技官の意見書を年内に提出することを伝えた。

一方、検察官は、弁護団が提出した新証拠、補充書に対する反論の一部を年内に提出し、その他の反論および、事実取調請求書に対する意見書を来年2月末までに提出する予定であると述べた。

まだ事実調べを実施するかどうか裁判所の採否は決まっていません。東京高裁が、11人の鑑定人尋問とインク資料の鑑定実施に向けて、さらに署名運動を強化する必要があります。再審における証拠開示を検察官に義務付ける再審法改正を求める国会請願署名などの取り組みをさらに進める必要があります。

 

 

 

●タオル関係証拠開示について

「不見当」と検察の意見書(11月7日)、弁護団が反論の意見書(11月15日)

 

三者協議前の11月7日、検察官は、タオル関係の証拠開示について意見書を提出した

弁護団は、寺尾判決で有罪の根拠の一つとされたタオルに関する証拠開示を求めていました。狭山事件においては、被害者の死体は、タオルで目隠しされており、このタオルは東京の食品会社が関連する会社に贈答品として配ったものでした。配られた先の一つに、石川さんがかつて働いていた東鳩製菓があり、野球大会の参加者などに配られたという東鳩の工場関係者の証言を根拠として、野球チームに入っていた石川さんは本件のタオルを入手可能だったとして、有罪の根拠とされたものです。しかし、石川さんが東鳩製菓に勤めていたのは、1958年3月から1961年9月までの約3年半です。その間におこなわれた野球大会でこのタオルが賞品で配られ、石川さんが野球大会に参加し、タオルを入手したなどという確たる根拠は何もありません。この有罪判決の認定は、きわめて弱いものと言わざるをえません。 

また、このタオルの使い方について、自白は不自然に変遷しており、石川さんの自白が体験したことを述べた真実の自白ではないことを示しています。

タオルは被害者の遺体を目隠しするのに使われていたものですから、警察が事件直後から、同種のタオルの配付先などについて、捜査を進めたことは間違いありません。弁護団は、食品会社が、本件と同種タオルをどこに、どれだけ配布したのかについての記録や資料、東鳩製菓の贈答品について保管や各工場への配付についての帳簿等の記録など4項目の証拠開示を求めていました。

これに対して検察官は、新証拠が提出されていないなどとして、タオルについての証拠開示に応じる必要はないとする意見書を提出しました。

弁護団は反論の意見書を提出し、弁護団が開示を求めているのは、タオルを製造し、得意先に配付した食品会社、およびタオルの配付を受けた東鳩製菓(本社や各工場)における帳簿など客観的な資料であり、こうした資料の開示は新証拠のあるなしに関わらず、おこなわれるべきだと主張しました。4月におこなわれた三者協議で、裁判所は、客観的な証拠はなるべく開示してほしいというこれまでの裁判所の姿勢は踏襲すると述べて、タオルについても客観的な資料は出してほしいと開示を促しました。

こうした経緯を経て、検察官は不見当と意見書を提出してきたのです。検察官意見書は、弁護団が開示を求めている帳簿等の資料は、狭山事件の捜査過程で作成されたものではなく、それより相当以前に作成され保管保存されていた客観的証拠としたうえで、不見当(見当たらない)というものでした。

 

弁護団は、11月15日付けで反論の意見書を提出し、書類等の作成や保管の時期を限定せず帳簿等の開示を求めていること、開示を求める対象も「証拠物」とされているかどうかに限定していないことを指摘して、あらためて開示を求めました。


元気なうちに再審開始を 市民集会2022年10月28日

狭山事件の再審を求める市民集会「東京高裁は11人の鑑定人の証人尋問と鑑定の実施を!」が2022年10月28日に東京の日比谷野外音楽堂でひらかれました。

 

石川一雄さんはあいさつで、全国各地で署名を集めていただいた支援者へ御礼をのべ、「48年前の寺尾不当判決の日を思うとやるせない気持ちになり、時々千葉刑務所にいた時の夢を見て犯人とされなかったらどうなっていただろうと考える。なんとしても元気な間のうちに第三次の間に無罪を勝ち取りたい」と語った。

 

 

早智子さんは署名が気になり中央本部へ問い合わせ、10万人を越えたことを聞き安堵したことやコロナで活動が厳しい中、連日、手紙や激励のハガキが届き支援者の輪が広がっているなどと御礼をのべ、「新しくネット署名やYahoo!のバナー広告などこれまでにないとりくみを始めてくれている。今こそ大きなヤマ場。来年こそ事実調べ、再審開始の年にしたい」等と語りました。

 

プレイベントでは映画SAYAMA見えない手錠をはずすまで」の音楽を担当した小室等さんらによる演奏がひらかれました。小室さんは「一刻も早く石川さんの自由を勝ち取るように願いましょう」等と語りました。

 

 


11人の鑑定人の事実調べを求めるために9月から署名を呼びかけ、個人署名10万3921筆、団体署名1024筆が集まり裁判所へ届けました。


墨田区民共闘会議が狭山チラシを活用

 部落差別によって犯人とされ、59年も無実を訴え続けている石川一雄さんの現状を分かりやすく伝えるために、大阪府連ではこれまでチラシ入りティッシュを作成し訴えてきました。

 部落解放墨田区民共闘会議ではこれを活用したチラシを作成し、狭山事件を知らない多くの市民へ周知を図っていらっしゃいます。担当の方は、「事件のことをわかりやすく伝えたいと考えた時にこのチラシが一番丁寧でした」と語っていただき、大阪の活動がはるかかなた東京にまで届き、活用していただたいていることに元気をもらいました。


石川一雄さん メッセージ

 

諺に「桐一葉(きりひとは)」といって、昔の人たちは、桐の葉が一枚落ちるのを見て、秋の気配を感じたそうですが、私の場合、秋を何十回迎えたであろうと思い返すと()()()い気持ちに駆られることは否定できないまでも、その事は禁句とし、近年では寿命が百年時代に突入といわれており、だとすれば、私はまだ十六年余りあるわけですが、新型コロナ感染拡大の関係で、今は家の中に居ることが多く、新聞,機関誌等に目を通していると不倶戴天(ふぐたいてん)の心境は払拭できませんが、今は兎に角、再審闘争に重点をおき、自分の逸(はや)る気持ちを抑えて闘いに専念しています。

当時、如何に無知とはいえ、警察の罠に嵌(はま)ってしまった自分自身に毎日が自責の念で一杯乍ら、冤罪を晴らすのに、このように長い年月が必要だとは想像もできませんでした。

この10月には寺尾不当判決48カ年糾弾集会が全国各地で開催され,然もコロナ禍の終息しない中での集会であるだけに、ただ只管(ひたすら)に大変申し訳なく、またご迷惑をおかけし、相済まない気持ちで一杯です。

 然し一方、先般弁護団は、私の無実を明らかにする新証拠を作成した科学者や、元科捜研技官など専門家11人の、鑑定人尋問の必要不可欠性を求めた事実取り調べ請求書を東京高裁第4刑事部に提出しました。それらを裁判所が如何に重く受け止め、採否を判断するかに、私の生死がかかっているわけです。

想えば科警研の鑑定では私方から発見された万年筆のインクと被害者のインク瓶のインクの同一性を否定されていたにも拘わらず、科警研の鑑定は証拠として調べられることなく、確定判決もインクの違いに触れないまま誤判を招いてしまったのではないかと思われます。考えてみれば、常識的に有り得ないのです。例えばNさんは、本件の起きる一週間前頃、被害者にインク瓶を貸したが、入れるところは見ていないと供述しており、何よりも事件当日被害者が書いた日記、授業中に書いた浄書を含め、一貫してジェットブルーのインクを使用していた被害者が、わざわざ当日、異なるインクを補充する訳がないのです。

 

 

 

そういう意味で蛍光X線分析によるインク鑑定をはじめ、弁護団が請求している11人すべての鑑定人について証人尋問をおこない、裁判所は、大局的見地に立って、単に検討するのではなく、事の理非を熟慮され、法の(もと)の平等の原則に基づいて裁判所が職権で持ってインクの違いについて鑑定して頂くことが公正な判断と確信しております。

私・石川一雄が、この先、30年、50年と生きられる訳ではありませんが、調べ官の陥穽に落ち、無実の罪で59年間も、苦悩し、83歳の今も、冤罪を晴らす闘いの日々を送っていることを裁判官にご理解して頂き、何としても鑑定人尋問と職権鑑定をして、真実を明らかにしていただきたいと願っています。

支援者皆様方には、裁判所に対し、弁護団請求の鑑定人尋問をし、もしくは自ら職権で鑑定されるよう声をあげてくださるよう心から願っております。

 

生死(せいし)()堅固(けんご)豪傑(ごうけつ)(さん)()(のぞ)み 司法(しほう)正義(せいぎ)無罪(むざい)判決(はんけつ)

 

(ほうき)せず慰藉(いしゃ)(われ)後押(あとお)しされ 科学(かがく)(あば)驚天動地(きょうてんどうち)

 

2022年10月

                           石川 一雄

寺尾不当判決48ヵ年糾弾

狭山再審要求集会参加各位

 

桐一葉(きりひとは)・・・・・・桐の葉が落ちるのを見て秋を知ること

堅固豪傑(けんごごうけつ)・・・意志が強く度胸のすわった人

慰藉(いしゃ)・・・・・・・・・なぐさめ助けること

棄(ほうき)・・・・・・・・・投げ捨てる

驚天動地(きょうてんどうち)・・世間を非常に驚かせること

 

 



狭山の事実調べ実現へ向け署名を呼び掛け  HRCビルで緊急集会

 現在、狭山再審実現に向け、東京高裁に事実調べの実施を求める緊急署名行動を展開しています。大阪でも一人でも多くの人へ現状を伝えようと関係団体などへオルグ行動を展開し署名の協力を呼び掛けてきました。
 2022年9月28日には「HRCビル狭山事件11人の鑑定人尋問実現へ緊急集会」を開催し、HRCビル関係団体へ署名の呼びかけとともに11月の府民集会、10月の街宣行動もあわせて報告し、何としても第三次再審で終結するために協力を呼びかけました。集会には署名運動に協力をもとめるために中央執行部の役員が全国各地へ飛び回り緊急署名の依頼をおこなっていることから中央本部の坂本三郎副委員長が参加し、狭山事件があることを知った時の衝撃や現地調査で石川さんが犯人ではないと確信した当時を振り返り、「狭山事件は大きな山場にきている。第三次再審で終わらせるためにも共にがんばっていこう」などと呼びかけました。

 


鑑定人尋問へ向けて 弁護団が請求書を提出  2022/8/29

狭山弁護団は再審開始に向けて裁判所へ鑑定人尋問を実現させるために2022年8月29日に事実取り調べ請求書を提出しました。証拠開示を実現するには裁判長の判断が必要になります。実現させるためにも世論を大きくすることが必要です。大阪をはじめ全国各地で署名、要請はがき行動にとりくんで声をあげていきましょう。

以下、中央本部の報告を紹介します。

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事実取調請求書の提出について(報告) 部落解放同盟中央本部 

8月29日、弁護団は、東京高裁に新証拠と再審請求補充書とあわせて事実取調べ請求書を提出しました。

提出された新証拠は、スコップについての元科捜研技官による補充意見書2通(土砂および油脂について)、殺害方法、死体処理についての法医学者の鑑定書2通、下山第2鑑定に関わる下山鑑定人の意見書など、検察官が提出した意見書の誤りを明らかにした新証拠および、取調べ録音テープ反訳をコンピュータを用いたテキストマイニングによって分析した立命館大学教授のあらたな鑑定書等9点です。第3次再審請求で提出された新証拠は255点になりました。

弁護団は、これらの新証拠、再審請求理由補充書とあわせて、事実取調請求書を東京高裁に提出しました。事実取調請求書は、これまで提出された新証拠を作成した鑑定人の証人尋問を求めるものです。具体的には、脅迫状の筆跡・識字能力、指紋、足跡、スコップ、血液型、目撃、音声、万年筆、自白、殺害方法、死体処理について、鑑定を作成した科学者、専門家鑑定人11人の尋問を求めています。

これらの鑑定人は、コンピュータによる画像解析の専門的知見をもつ科学者、人物識別供述についての専門的知見をもつ心理学者、あるいは法医学者や元科捜研技官など、いずれも、その分野での専門家であり、その専門的知見にもとづく鑑定内容、結果と意味について、尋問をとおして直接、鑑定人から聞いて、十分に精査したうえで新証拠の評価をすべきです。また、これらの弁護団提出の鑑定に対して、検察官は反証を提出し、弁護団が再反論の新証拠を提出するなど、鑑定の評価が「争点」になっています。そして、鑑定した事項は、狭山事件の確定判決(東京高裁の無期懲役判決 1974年10月31日)があげた有罪証拠に即したものであって、新証拠によって確定判決に合理的疑いが生じているかどうか、再審を開始すべきかどうかを総合的に判断するために鑑定人尋問は不可欠です。弁護団は事実取調請求書において、こうした点を指摘し、鑑定人尋問の必要性を主張しています。

また、下山第2鑑定で鑑定資料となった被害者が事件当日に書いたペン習字浄書の文字インクと被害者のインク瓶(残存インク)からクロム元素が検出され、発見万年筆で書いた数字のインクからはクロム元素が検出されないことについて、裁判所による鑑定を請求しました。下山第2鑑定に対する検察官の批判が意味のないものであり、下山第2鑑定の結果が正当であることが第3者による蛍光X線分析で明らかになるとしています。

弁護団はこれらの事実調べ、鑑定人尋問をおこなったうえで、新証拠と他の全証拠を総合的に評価し、狭山事件の再審を開始するよう求めていきます。

狭山事件においては、1977年の第1次再審請求以来、45年になりますが、一度も鑑定人尋問などの事実調べがおこなわれていません。

 

まだ鑑定人尋問の実施が決まったわけではありません。東京高裁が、弁護団が求める鑑定人尋問を実施するよう求める世論を大きくしていかなければなりません。全国各地で、世論を盛り上げる取り組みをすすめよう。

画像説明(証拠開示によって事件から40年以上が経ったのちに開示された被害者が使っていた万年筆のインク瓶。これをもとに弁護団はインクを分析し、石川さん宅から発見された万年筆が被害者の持ち物とちがうことを科学的に証明している)

画像説明(事件当日に被害者が書いた文字と石川さん宅で発見された万年筆の文字などを分析し、発見万年筆にはクロムが検出されたが、被害者のものからは検出されなかった。このことに対して今回の請求では裁判長の判断を求めている)



 

【短歌に託して  石川一雄さん連載】

 

解放新聞埼玉県連版に石川一雄さんの連載がスタートしました。
 「短歌に託して」という題名で、石川さんが獄中生活当時をご自身の言葉で語り、えん罪を訴えています。
 部落解放同盟埼玉県連合会から了解を得て全編を紹介させていただくことになりました。

 


 毎日新聞埼玉版に石川一雄さんが紹介されました。
 事件発生当時、ずさんな捜査の結果犯人を取り逃がし、被差別部落に見込み捜査をかけて石川さんが犯人にされました。
 見えない手錠を外すには再審開始を実現させなければなりません。


不当逮捕から59年 1日も早く再審開始を 狭山市民集会2022-5-24

 狭山事件の再審を求める市民集会が2022年5月24日に東京の日比谷野外音楽堂でひらかれ、5月とは言えないほどのかんかん照りの熱気があふれる中、全国各地から支援者ら約800人が参加した。狭山事件は1963年5月23日の不当逮捕から59年を迎え、今年「再審開始の扉」を開くための鑑定人尋問請求を提出する予定で重大局面を迎えた集会となった。

 石川一雄さんは挨拶で全国各地から参加していただき感謝しているとのべ、「新証拠が発見されている。これが寺尾判決当時に出ていたら、有罪は出せなかったんじゃないか。残念だ。水平社100周年の今年、えん罪を晴らすためにここで決着をつけようとしたが残念ながら来年に持ち越しとなってしまった。83歳になるが元気で闘っていく」などとのべた。

 早智子さんは三者協議や新証拠について語り、「50回の三者協議で裁判官が検察に証拠開示を促した。弁護団も9月上旬までに鑑定人尋問を求めていく。石川は文字を取り戻し文字を力にして闘ってきた。59年前の5月23日は石川が逮捕された日。昨夜の23日は59年前のことを思い出し、今頃は(取り調べしつで警察に)机をバンバンと叩かれていたとそのことを思い出すと自分を見失いそうになるほど怒り、無念でいっぱいになったと苦しそうな表情で語ってくれた。今度こそ、鑑定人尋問へ向けてなんとしても裁判所を動かすためにみなさんの支援で動かしてほしい。全国各地で街宣や勉強会などの取り組みの報告が届いている。59年闘ってきた。このまま終わるわけにはいかない」などと支援を呼びかけた。

狭山弁護団報告では、中山武敏主任弁護士、中北龍太郎事務局長が第3次再審請求の現状と鑑定人尋問請求について報告。中山弁護士は、裁判長に部落差別の理解と差別に基づく違法捜査を認めさせる必要性を訴えた。

原判決の証拠となった証言が確定判決により虚偽であったことが証明されたとき再審請求の理由となる「刑事訴訟法」435条2号にもとづき、弁護団は4月に再審理由の追加申立書を提出した。その内容について中北弁護士が説明した。

取り調べに当たった警察官が「自白調書は石川さんの言う通りありのままを書いた」と裁判所で証言したが、開示された取調べの録音テープには、警察官による自白の強要が明らかになり、証言は完全にウソであることが明らかになった。殺害方法についても石川さんの供述が二転三転し、警察官の都合のいいように誘導されて自白させている。被害者の鞄は遺棄した位置が書かれていない図面をもとに発見され、石川さん宅で見つかった万年筆も2回にわたる家宅捜索で発見されなかったのに警察は石川さんが作成した図面にもとづいて発見されたとしたが石川さんはそんな自白を全くしていない。確定判決はウソの証言で塗り固められた偽の判決にほかならないと強調。

 

 

行動提起を片岡明幸狭山闘争本部長が報告。「夏に鑑定人尋問の請求をおこない(裁判所が判断すれば)、事件に関連する様々な鑑定書作成に関わった方々が裁判所で説明する。筆跡、殺害方法、スコップ、地下足袋、血液型など10余りの鑑定人尋問を請求する予定だが、万年筆のインク成分に関する下山鑑定に的を絞って全国的に宣伝していきたい。万年筆には指紋もなく、インクも違っていた。証拠開示によって被害者が持っていた万年筆と石川さん宅で発見された万年筆の成分がちがうことが科学的に証明されている。全国水平社結成から100年を迎え、戦後の部落解放運動の中心は狭山事件であった。名誉と権利を取り戻す闘いとして狭山闘争を勝ち抜いていかなければならない」などとのべた。

 

 

市民の会から鎌田慧事務局長がアピールし「この闘いは人間に対する名誉の闘い。狭山事件では学習する機会を奪われ文字を書けなくて苦しんでいる人が文字を使って犯罪することは考えられないが裁判官検察などのエリート連中はそれが全く理解できない。えん罪事件がこれだけ多く残っているのは民主主義のパイプが詰まっている、機能していないということ。えん罪を訴えた人が死刑囚とされ亡くなっている。4人の死刑囚が続いて無罪になった時代があった。その時代に流れをもう一度作っていく、民主主義の確認のためにもデモ行進をおこないたい」などとのべた。

終了後デモ行進を行った。

 

オープニングには島キクジロウ&No Nukes Rights によるバンド演奏がおこなわれ、演奏の合間には「戦争が起きると憲法改正の動きが起きているがこんな時にこそ日本にしかできないことを世界に発信していく必要がある」などとのべた。



なんばで狭山街宣 2000枚のチラシを配布  2022/5/20

 狭山街宣行動を5月20日の夜に難波高島屋前で開催し、支援者ら約40人が参加し2000枚のチラシを配布しました。

 新型コロナ感染防止のため、マスクと手袋をはめて「狭山事件はえん罪です」と書かれたチラシ入りティッシュを道行く人に配布し石川さんの無実を訴えました。

 チラシを広げて立ちどまり読みふける人もいて、少しでも関心を持ってもらえたのではないかと思います。署名の呼びかけも行いました。
 チラシには証拠開示によって被害者が使っていた万年筆インクが開示され、弁護団は当時のインクを取り寄せ石川さん宅で発見された万年筆のインクとちがう成分だということを科学的に証明したことや検察は反論すると言いながらなにもできず、「万年筆を水洗いした」という根拠のない主張を展開していることを説明しています。


無実の罪人59年

2022年5月17日の東京新聞に狭山事件が紹介されました。

事件から59年、第三次再審を早期に実現させ石川さんの無実を勝ち取らなければなりません。


裁判所が検察へ証拠の開示を促す   第50回三者協議

 

第50回三者協議が2022年4月26日にひらかれました。部落解放同盟中央本部の報告を紹介します。

 

(1)刑事訴訟法435条2号による再審請求追加申立書の提出

4月8日、弁護団は、刑事訴訟法435条2号(「原判決の証拠となった証言が確定判決により虚偽であったことが証明されたとき」を再審請求の理由と定めたもの)にもとづく再審理由の追加申立書を提出しました。これまでは刑訴法435条6号(「有罪の言渡を受けた者に対して無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見したとき」(要旨))にもとづいて、新証拠を提出してきました。今回の申立ては、証拠開示された取調べ録音テープ等によって、寺尾判決が認定の根拠とした警察官の証言が偽証であることが明らかになったので、再審請求の理由を追加するというものです。

第3次再審請求では、東京高裁の開示勧告で、石川さんに対する取調べを録音したテープが証拠開示された。取調べ録音テープによって、石川さんが死体の状況などを知らないことなど、自白が実際の犯行の体験を語ったとは考えられないこと、警察官の誘導によって作られていったことが明らかになりました。 

一方、狭山事件の確定判決となっている2審・東京高裁の無期懲役判決(寺尾判決)は、「(取調官らの)当審(2審)各証言に徴しても、不当な誘導がなされたことをうかがわせる状況は見いだせない」「被告人の取調べを主として担当し、最も数多くの供述調書を作成している青木(警部)が当審において証人として、自分は、平素から供述調書というものは、被疑者の言うとおりをそのまま録取するものだと考えているし、それを実践してきたと証言している」などとして、自白は任意になされたもので、信用できるとしています。しかし、この有罪判決の根拠となった警察官らの「スラスラと(犯行を)自白した」「調書は言ったとおりに書いたもの」という証言は開示された取調べ録音テープで偽証であることが明らかです。今回の申立てでは、自白の任意性、自白の信用性、鞄、万年筆の発見経過について、それぞれ有罪判決の根拠となった警察官の証言が開示証拠によって、偽証であったことが明らかになったとして、再審理由にあたると主張しています。(詳細については狭山パンフで解説を掲載します。)

 

(2)スコップ、タオルについての証拠開示

スコップ関連の証拠開示請求について弁護団は、1月18日に意見書を提出し、スコップ付着物の鑑定をした県警鑑識課の星野技師を検察官が検察庁において聴取した際の報告書の開示を求めました。これに対して検察官は1月25日付けで開示の必要性はないとする意見書を提出し、前回の三者協議(1月27日)において、弁護団は反論していました。

弁護団は、1月18日付けで、有罪の根拠の一つとされたタオルに関する証拠開示勧告申立書を提出しました。狭山事件においては、被害者の死体は、タオルで目隠しされており、このタオルは東京の食品会社が関連する会社に贈答品として配ったものでした。配られた先の一つに、石川さんがかつて働いていた東鳩製菓があり、野球大会の参加者などに配られたという東鳩の工場関係者の証言を根拠として、野球チームに入っていた石川さんは本件のタオルを入手可能だったとして、有罪の根拠とされたものです。

検察官は3月31日付けでタオル関連の証拠開示請求について、最高裁の上告棄却決定を引用するとともに新証拠が提出されていないなどとして証拠開示の必要はないとする意見書を提出しました。これに対して弁護団は、4月20日付けで反論の意見書を提出しました。弁護団が開示を求めているのは、タオルを製造、得意先に配付した月島食品、およびタオルの贈答を受けた東鳩製菓(本社や各工場)における帳簿など捜査過程で作成された客観的な資料です。弁護団は反論の意見書で、裁判官の論文などを引用し、こうした資料の開示は新証拠のあるなしに関わらず、おこなわれるべきだと主張しました。

 

(3)第50回三者協議(4月26日)

2022年4月26日、東京高裁で第50回三者協議がひらかれました。東京高裁第4刑事部の大野勝則裁判長と担当裁判官、東京高等検察庁の担当検察官、弁護団からは、中山主任弁護人、中北事務局長、青木、竹下、小野、河村、平岡、小島、指宿、山本、七堂の各弁護士が出席しました。

前記の通り、弁護団が求めたスコップに関わる証拠開示については、検察官は「不見当」の回答をくりかえしました。また、タオルについての証拠開示について、裁判所は、客観的な証拠はなるべく開示してほしいというこれまでの裁判所の姿勢は踏襲すると述べて、タオルについても客観的なものは出してほしいと開示を促しました。

435条2号の再審理由の追加申立てについて、裁判所は答弁書の提出を求め、検察官は提出するとしました。弁護団は、今後、下山第2鑑定(万年筆インク)、赤根鑑定(死体関係)についての検察官意見書に対する反論の意見書、補充書などを6月中に提出する予定であると伝えました。

また、検察官は今後、総括的な意見書を7月末をめどに提出すると述べました。

次回の三者協議は9月上旬におこなわれます。 

弁護団は、今後、万年筆(インク)、殺害方法に関する検察官意見書への反論を提出することにしています。あわせて自白についての専門家の鑑定も提出し、それらをふまえて鑑定人尋問を請求する書面を提出することにしています。

 

今回、タオルについての証拠開示請求については、裁判所が検察官に開示を促しましたが、検察官は、この間、証拠開示について、必要性がないなどと不誠実な対応をくりかえしています。狭山の闘いと結びつけて、再審請求における証拠開示の法制化、再審開始決定に対する検察官の抗告の禁止、事実調べの保障などを盛り込んだ再審法改正を求める声を大きくしていくことが重要です。

 拡大全国狭山活動者会議・狭山住民の会全国交流会が4月4日にHRCビルとオンラインでひらかれ、支援者ら約80人が参加した。

 2006年に第三次再審請求を申し立て、2009年に当時の門野博裁判長のもとで三者協議が始まって以降、これまで191点の証拠をもとに弁護団は246点の新証拠を提出し無実を証明している。弁護団は今年中に鑑定人尋問請求書を提出する。再審の扉を開けるために各地で世論を高めるとりくみを呼びかけた。

 石川一雄さん、石川早智子さんはビデオメッセージで支援者へお礼をのべた。

 石川一雄さんは狭山運動が大きく展開された当時について語り「1974年の寺尾判決が出される一か月前に10万人集会が開かれたことを聞いた。寺尾判決の時には本来ならば無罪であっても拘置所へ帰るのが限定だが(誰もが釈放されると思っていたので)東京拘置所を出るときに背広をもって出るように言われ無罪だったら支援者が待っている日比谷公園へ直接言ってもいいよと言われた」と当時の様子を語った。「これまでの新証拠をもとに何としても裁判官に証拠調べの判断をしてほしい。私ひとりで裁判官を動かすことはできず、第三次再審で終結するように一層のご支援を」などと語った。

石川早智子さんは参加者へ支援のお礼をのべるとともに、3月の全国水平社創立100周年に出席し、創立当時、厳しい差別迫害の中で敢然と立ちあがり差別と闘ってきた苦難の歴史は人間解放の闘いでもあり、後に、障害者、女性など多くのマイノリティ運動を牽引してきたことや狭山事件は部落差別による冤罪であり、事件を知らない人にも関心を持ってもらえるようにホームページをたちあげて22年が経過している。「第三次で勝利させたい。重要な1年となっている」とのべさらなる支援を呼び掛けた。2人のメッセージは後日、中央本部HPに掲載される。

 中北龍太郎弁護士が「下山第二鑑定と水洗い論、取り調べ録音テープと自白」などの新証拠について説明した(下に)。

 基調提案を片岡昭幸中央副委員長が報告。鑑定人尋問請求書へ向けて裁判所へ対して攻勢をかける運動を各地で展開してほしいなどとのべ狭山事件の再審を求める市民集会を5月24日に日比谷野外音楽堂で開催する。他にも各地のメーデーで狭山情宣活動の実施の呼びかけや再審開始が決定しても検察が抗告し覆される事例が続いていることから再審法の証拠開示を実現させるための国会請願署名運動や大崎事件、袴田事件署名の協力を呼びかけた。

 映画「SAYAMAみえない手錠をはずすまで」の金聖雄監督が布川事件えん罪被害者の桜井昌司さんのドキュメント映画「オレの記念日」が完成し、上映の呼びかけのあいさつをおこなった。

 


えん罪被害者を生み出さないために  市民の集い関西20220220

 ―とどけ!真実の響き―第6回狭山事件の再審を実現しよう市民のつどいin関西が2月20日、大阪市阿倍野区の区民センターホールとオンラインの併用でひらかれた。

石川一雄さんと早智子さんから、ビデオメッセージが届けられた。(詳細は下段を参照)。

地元あいさつで解放同盟大阪府連合会の髙橋定副委員長が「えん罪を防ぐことは基本的人権を守ることである。司法の姿勢は常に問い直さなければならない。」と強調。「私たちもえん罪被害にあう可能性があり、市民一人ひとりの人権問題。石川さんの無実を勝ち取ることは一人ひとりの人権を守ることだ」と訴えた。

 「無実の人がなぜ犯人にされたか」として、えん罪被害者の東住吉事件の青木恵子さん、湖東記念病院事件の西山美香さんの2人がアピール。3月15日に国賠訴訟の地裁判決を迎える青木さんは「えん罪と闘う仲間のために最後まで闘いたい」と訴えた。西山さんの国賠裁判は4月28日から大津地裁で始まる。西山さんは狭山宣伝行動で狭山事件を知り、「えん罪仲間と少しでも力になるようにがんばりたい」と訴えた。袴田事件の袴田巌さんの姉の秀子さんがオンラインでアピールしいまは再審開始になるかの瀬戸際と訴え、「50年、60年以上が経とうが、勝つまで頑張ると前向きに生きていく」と強調し、最後までの支援を訴えた。

 

記念講演を「違法捜査とえん罪」をテーマに元東京高裁判事で弁護士の木谷明さんが講演。

木谷さんは裁判官在任中約30件の無罪判決を書いている。違法捜査は、別件逮捕・勾留をおこなうことが一番多く、次に物的証拠や記録に対する作為、秘密の暴露の偽装をおこなう有名な冤罪事件を紹介。

狭山事件の「秘密の暴露」において、3回目の簡単な家宅捜査で発見した万年筆の発見過程について、「どう考えても不自然」とのべた。また発見万年筆のインクからクロム成分が検出されなかったことなどをのべ「警察官の秘密の暴露が偽装ではないかとの疑問が出ても不思議ではない」と指摘した。

狭山事件について容易に再審が開催されない理由を木谷さんの想像として、確定判決を出した寺尾裁判長は、当時人権派裁判官の代表的存在だったこと。上告審、特別拮抗審で最高裁のそれなりに詳しい判断が示されていることなどを挙げた。最後に「有力な新証拠が発見された以上、いくら最高裁で判断されたとしても、可能な限り速やかに再審開始できる」とし、「楽観視できないかもしれないが、再審開始を期待しています」とのべた。

 

続いて、「文字を知らなかった石川さんと私」と連帯アピールを山本栄子さんがおこなった。

山本さんは1931年に京都市で生まれ、小学校卒業後働き十分に学ぶことができなかった。1960年代に36歳で部落解放運動と出会い、自宅を開放して41歳で識字学級を始める。40代に給食調理員となり、退職後に夜間中学、定時制高校に通い、69歳で大学に進学。

狭山事件の現地調査に参加し、鴨居も見て、(2度の家宅捜索で発見されなかった万年筆は)背が低い私でさえ分かったという。女性部の人間の鎖で千葉刑務所を囲んだ行動にも参加した。

石川さんは部落差別によって文字を奪われたが私も同じ状態。差別は教育、生活も奪う。私の地域では、その日暮らしの生活で教科書を買う余裕がなく、近所のお兄ちゃん、お姉ちゃんのお古をもらって使っていた。先生からは「買ってもらえよ、そんな本しかないのか」と言われた。高知の長浜ではじまった教科書無償化運動は1961年に全国に広がった。

石川さんも刑務所で文字を取り戻したことで、ウソの自白をに気づき、無実を明らかにしていったと思う。

石川さんはせめて夜間中学に行きたいという。元気な石川さんが鞄を持って、学校に通う姿をみたいと思いませんか。まだ真実を見ようしない警察に私は言いたい。石川さんの声をきけ、えん罪で苦しむ人たちの声を聞け、この支援者の声を聞いてほしい。再審の扉を私たちの手で開けていきませんかなどと呼び掛けた。

 

 各地域からの報告では石川一雄さんを支える埼玉東部市民の会の西田さんから、大阪府連が作成した狭山情宣ビラを使って地元の街宣行動で活用していることなどの報告があった。立憲民主党の尾辻かな子前衆議院議員、大石あきこ衆議院議員が連帯を訴えた。オンラインを通じて和太鼓集団熱光、いぶき、鼓情炎が演奏を披露した。集会後、「差別裁判うちくだこう」を流しながら、阿倍野区民ホールから天王寺駅まえパレ―ドをおこなった。


東京新聞のコラムで紹介されました。      2022年2月1日

 東京新聞の鎌田慧さんの「本音のコラム」欄で狭山事件が紹介されました。
 無実の罪で逮捕されて58年、仮出獄から27年が経ち石川一雄さんは83歳になりました。

 一日も早く無実を勝ち取るために支援を続けていきたいと思います。
 

 


寺尾判決は脆弱な証拠の固まり   第2回連続講座 2022/1/29

「新証拠」の核心に迫る 第二回狭山事件連続学習会が1月29日にHRCビル大ホールでひらかれリモートを含め支援者ら約50人が参加した。「寺尾判決は完全に崩れた」をテーマに狭山弁護団事務局長の中北龍太郎弁護士が講演をおこない参加者は石川さんの無実を確信した。

   主催者あいさつを府民共闘の藤本初雄事務局次長がおこない「狭山事件の根底にあるのは部落差別であり、新証拠をもとに再学習していきたい」などとのべた。

    石川さんは密室の取り調べによってウソの自白が作られたが犯人しか知りえない秘密の暴露にあたるとされてきた。三者協議で開示された証拠をもとに弁護団はこれまで246点の新証拠を提出し、石川さんの無実を証明している。

 中北弁護士は取り調べの録音テープが開示されたことが大きいとし、裁判で警察官が取り調べの様子を語った時に石川さんはすらすらと自白していたと証言していたが、録音テープには石川さんが事件を知らず、警察に誘導されて自白するなど不自然な点が多く寺尾判決で有罪の根拠とされた状況証拠などの矛盾点について解説した。(詳細は下記に)

 狭山闘争への緊急カンパを呼び掛け9103円のカンパが集まった。閉会あいさつを村井康利書記長がおこなった。

 

 第3回連続講座は2月23日13時30分からエル大阪でひらかれる。講演内容は「99.9%別人の筆跡・福江鑑定」・竹下政行弁護士、「石川さんに脅迫状は書けなかった・森実鑑定」・七堂眞紀弁護士を予定している。リモートの参加も呼び掛けている。申し込みは大阪府連まで。

中北龍太郎弁護士が講演

自白の誘導は明らか

 

  寺尾判決は自白を離れて客観的に石川さんと犯行の結びつきを示す7つの状況証拠と自白をもとに捜査した結果、判明した事実が存在することが犯人しか知りえない秘密の暴露にあたるなどとし有罪の証拠としたが不自然な点が多い。

 石川さんの指紋が一つも出なかったことに対して寺尾判決は「指紋が検出されなかったからといって犯人でないと一概にいえない」とした。自白通り脅迫状を届けると指紋がつくことを鑑定で証明してきた。

 確定判決に対して合理的な疑いをもたらす新証拠を出せば明白性が認められ再審開始が決定される。寺尾判決は脆弱な証拠の固まりといえる。取り調べ録音テープが重要といえる。

 石川さんは部落差別によって学校へ通えず文字が書けなかった。取り調べテープでは石川さんがひらがなさえも満足に書けず警官が一字一字指導していた。漫画雑誌を見て脅迫状を書いたという自白も信用できない。石川さんの文字はすべて同じ筆圧で書かれていたが脅迫状の筆跡は強弱、抑揚がある。筆跡はこれまで多くの鑑定で証明してきた。

 石川さん宅で押収した兄の地下足袋と犯人の足跡が一致するとされた。兄の地下足袋は形状が鮮明に残っているが現場足跡は不鮮明。足跡の立体分析鑑定で全く異なることを証明している。

 犯人を埋めるためのスコップは石川さんが以前働いた養豚場のものとされた。当時700軒の養豚場が周辺にあり、断定するには土の成分比較が必要なのに検査しない。警察は養豚場関係者20数人に的を絞り差別調査をおこない石川さんを逮捕するための予断捜査の足がかりになっている。

 

 

 

 血液型鑑定は医師ではなく鑑識課員がおこない通常、おもて試験と裏試験で判断するがおもて試験しか検査せず、血清の疑集素価は256倍と定められていたが8倍で検査するなどずさんな方法だった。

 被害者を後ろ手に縛るのに用いた手ぬぐいは市内米穀店が配布し事件直後に家族が取り寄せたとしたが開示された捜査報告書で警察の主張はちがっていた。

 2回にわたる家宅捜索で見つからなかった万年筆が3回目の家宅捜索で発見された。下山第二鑑定によって発見万年筆は被害者のものではないことを科学的に証明したがそれに対して検察官は水で洗ったなどと主張している。

 被害者の鞄は石川さんが作成した図面をもとに発見された。開示された図面には捨てた場所が書かれていない。被害者の腕時計発見経過も警察が2日間捜索した場所から見つかっている。

被害者宅へ向かう時に三輪車に追い越されたという自白が有罪の根拠とされたが、開示された捜査報告書では警察が既に把握していた。

 脅迫状を被害者宅に届けたのは午後7時半で車が駐車していたと証言していた。開示された書類には駐車時間は午後5時頃で供述を変遷させていた。秘密の暴露がくずれている。

 警察は殺害方法の鑑定を手で締めたと作成。その後警察の誘導で思い通りの自白が作られていったことが録音テープからわかった。

 殺害現場近くで農作業をしていたOさんは4時までの時間に人の声を聞いたと証言したが殺害時間は4時20分と時間帯が異なる。再審決定では人の声悲鳴が聞こえたと歪曲していた。

 殺害方法、脅迫状を届けるまでの経緯についてすらすらと自白したと警察は証言したが取り調べ録音テープでは全く異なっている。

 

 有罪証拠は警察の鑑定書、つくられた秘密の暴露、自白の強要誘導によって成り立っている。開示証拠、新鑑定により寺尾判決はことごとく崩れている。



【全証拠開示を 第49回三者協議    2022/1/27】

2022年1月27日、東京高裁で第49回三者協議がひらかれました。

 (1)スコップ、タオルについての証拠開示の攻防

 スコップ関連の証拠開示請求について、前回の三者協議において、検察官は、警察にあったものも含めて高検に取り寄せてあり、再度調べたが、弁護団が求めるものは見当たらないと回答しました。弁護団は、この回答に納得できないとして、10月19日付けで意見書および求釈明書を提出し、検察官が「不見当」と回答するにあたって、東京高検以外に証拠を探した場所を明らかにすること、2012年に検察官が開示した捜査書類など証拠についても、どこに存在した証拠なのか明らかにすること、などを回答するよう求めました。

しかし、検察官は、これに対して、10月25日付けで、意見書を提出し、埼玉県警にも漏れがないか確認しており、狭山事件についての記録はすべて東京高検に保管されているとして、これ以上証拠を探す必要はないと回答してきました。

弁護団は、2022年1月18日に、さらに意見書を提出し、これまでも、いったん不見当とする回答していたが、その後開示された例があることなどを指摘し、スコップ付着物の鑑定をした県警鑑識課の星野技師を検察官が検察庁において聴取した際の報告書などの開示を求めました。

スコップについて問題になっているのは、有罪判決が本件スコップを死体を埋めるのに使われたものとする根拠とした星野鑑定が、死体が埋められていた場所の土ではなく、付近に穴を掘って、そこの土と比較し、類似する土があったとしているからです。別の場所に類似する土があったからといって、スコップが死体を埋めるために使われたものという根拠にはなりません。有罪判決に合理的疑いが生じる可能性があるからこそ、星野鑑定が土を採取した場所の特定や経緯について証拠を開示するよう求めているのです。

また、弁護団は、1月18日付けで、有罪の根拠の一つとされたタオルに関する証拠開示勧告申立書を提出しました。狭山事件においては、被害者の死体は、タオルで目隠しされており、このタオルは東京の食品会社が関連する会社に贈答品として配ったものでした。配られた先の一つに、石川さんがかつて働いていた東鳩製菓があり、野球大会の参加者などに配られたという東鳩の工場関係者の証言を根拠として、野球チームに入っていた石川さんは本件のタオルを入手可能だったとして、有罪の根拠とされたものです。

しかし、石川さんが東鳩製菓に勤めていたのは、1958年3月から1961年9月までの3年半ぐらいです。その間におこなわれた野球大会でこのタオルが賞品で配られ、石川さんが野球大会に参加し、タオルを入手したなどという確たる根拠は何もありません。この有罪判決の認定は、きわめて弱いものと言わざるをえません。また、このタオルの使い方について、自白は不自然に変遷しており、石川さんの自白が体験したことを述べた真実の自白ではないことを示しています。

タオルは被害者の遺体についていたものですから、警察が事件直後から、同種のタオルの配付先などについて、捜査を進めたことは間違いありません。弁護団は、食品会社が、本件と同種タオルをどこに、どれだけ配布したのかについての記録や捜査資料、東鳩製菓の贈答品について保管や各工場への配付についての帳簿等の記録など4点の証拠開示を求めました。しかし、検察官は、1月25日付けで、タオルについての証拠開示に応じる必要はないとする意見書を提出しました。検察官の対応はきわめて不誠実と言わねばなりません。

 

(2)第49回三者協議(1月27日)

 2022年1月27日、東京高裁で第49回三者協議がひらかれました。東京高裁第4刑事部の大野勝則裁判長と担当裁判官、東京高等検察庁の担当検察官、弁護団からは、中山主任弁護人、中北事務局長、青木、竹下、小野、高橋、河村、平岡、小島、指宿、山本の各弁護士が出席しました。

前記の通り、弁護団が求めたスコップ、タオルについての証拠開示について、検察官は、いずれも開示の必要性がないとする意見書を1月25日付けで出してきました。弁護団は、協議の場で、検察官の意見に反論するとともに、開示を求めている証拠は客観的な資料(鑑定に関わる報告書や捜査資料)であり開示すべきものと述べ、証拠開示の必要性をふくめた補充の書面を今後提出するとしました。

弁護団は、現在、万年筆(インク)、殺害方法に関する検察官意見書への反論を作成中であり、自白についての新証拠とあわせて今後提出し、それをふまえて鑑定人尋問を請求することにしています。

次回の三者協議は4月下旬におこなわれることになりました。今年5月24日には東京・日比谷野音での市民集会が開催される予定です。

あらたな変異株の感染急拡大を受けて、石川一雄さん、早智子さんは、感染予防と体調管理に一層気をつけて、元気で生きる闘いを続けています。ひきつづき、わたしたちも、感染防止を徹底しつつ、東京高裁が、鑑定人尋問をおこない、狭山事件の再審を開始するよう求める世論を大きくしていきましょう。


 【石川さんは無実 第一回狭山事件連続学習会 2021/12/4】

「新証拠」の核心に迫る 狭山事件連続講座の第一回が12月4日にHRCビルでひらかれた。新型コロナ感染予防のため、リモートでも参加を呼びかけ会場と合わせて100人以上が参加した。

 狭山事件は第三次再審で2009年にはじめて裁判所、検察、弁護士による三者協議が始まり、裁判長の証拠開示を勧告によって開示された191点の証拠をもとに弁護団はこれまで246点の新証拠を提出し石川一雄さんの無実を科学的に証明してきた。検察官の反論を出し切ったうえで来年には事実調べを求めていく。連続講座では58年前に密室の取り調べによってウソの自白に追い込まれた経過や最新の新証拠などについて4回にわたり学習する。府連、府民共闘の主催。

 

 主催者を代表して府連の赤井隆史委員長があいさつ。事件当時の新聞各紙には、部落青年ならやりかねないといった部落差別、偏見に満ちた内容で事件から長い年月が経過した今も部落地名復刻版裁判のように出身者を暴く行為は起きている。狭山事件を全国的に呼び掛けたのは大阪の運動であり、その中心は共闘の仲間でもあった。大阪から世論を構築する場になる学習会にしたいなどとのべた。

 第一回目は「部落差別が生んだえん罪事件」をテーマに部落解放同盟中央本部の安田聡さんが講演をおこなった。安田さんは狭山事件発生当時の社会状況やマスコミ報道など部落差別によって石川さんが犯人とされた経緯や、寺尾判決で有罪の根拠とした7つの客観的証拠について無実を証明する新証拠などについて解説した。

 閉会挨拶を府民共闘会議の中野勝利議長がおこない「一日も早く再審開始に向けて署名活動を含めた取り組みを展開していきたい」などとのべた。

 講演内容の一部を紹介します。

 

 狭山事件は1963年5月1日に埼玉県狭山市で起きた女子高校生強盗誘拐殺人事件で警察は身代金引き渡し場所で犯人を取り逃がしその後死体が発見された。

警察は事件の数か月前にも児童誘拐殺人事件で同様の失態を起こしたことから、狭山事件は国会で追及され警察への非難の声が高まり警察庁長官が辞任するなど追い詰められていた。

 事件後、被害者の家で働いていた男性が自殺するなど不自然な点があったが埼玉県警では生きた犯人を捕まえろと指示が出され死体発見現場の近くの駅の裏にある被差別部落に見込み捜査がかけられていく。

 脅迫状は事件当日の5月1日午後7時頃に被害者宅で家族が食事していた土間のガラス戸に挟まっていた。脅迫状には当て字があるが誤字がない。石川さんは部落差別によって小学校に通えず、当時は文字を書けなかった。

 5月11日に死体発見現場近くでスコップが発見され、翌日に持ち主がわかったと警察が発表した。石川さんと同じ被差別部落のIさんの養豚場から盗まれたものとされたがその養豚場のスコップの鑑定はおこなっていない。47年ぶりに開示された5月21日づけ捜査報告書には「この養豚場でかつて働いていた石川一雄なら養豚場からスコップを盗むことができる」と書かれて逮捕前から狙われていた。

 石川さんが別件逮捕された5月23日の新聞には「環境のゆがみが生んだ犯罪」などとマスコミ報道が差別に加担しえん罪が作られていった。

 1969年の全国大会で石川さんの両親が初めて訴えたことにより大阪の青年が「一人は万人のために万人は一人のために」をスローガンに無実の部落青年が死刑にされようとしていると全国行進をおこない狭山闘争にとりくみはじめた。

 74年の東京高裁で寺尾正二裁判長が無期懲役判決を下し、77年に最高裁が上告を棄却。再審請求は,確定判決に対して無罪を言い渡すべき新たな証拠が発見された場合などに行うことができ、75年には最高裁判例で「有罪証拠に合理的な疑いが生じる場合でいい」と判断している。

 三者協議で証拠開示が実現し門野裁判長退官後も検察に開示を促している。新証拠により寺尾判決が挙げた有罪証拠がことごとく崩れている。

 自白にそって被害者の持ち物が発見されたとするが万年筆は二度の家宅捜索で見つからなかった後に発見された。寺尾判決では「鴨居の上は背の低い人には見えにくく家宅捜索で見落とした3回目で見つかったのは不自然ではない」という。

その後、家宅捜索をした警察官に会うと身長が178センチも高く判決には不自然な点が多くある。

 石川さんの顔なじみの関巡査の報告書が47年ぶりに開示され、「石川さんが死体はどうなっていたか教えてくれと私に聞きました」と書かれていた。

 典型的な冤罪の事例で犯人の動きを説明できないことがはっきり表れている。

 三者協議では取り調べの録音テープが重要だと常に裁判長に訴えている。

 自白するまでの取り調べ録音テープが2010年に開示され3人の警察官が入れ代わり立ち代わり「お前が書いたことは間違いない」などと詰め寄り何度も自白を強要していた。

 裁判で取調官の証人尋問では「犯行をすらすらと自白した」と証言したがそういう場面は全くない。自白直前の場面を再現したDVDをみれば自白の強要だということがわかる。

 石川さんは今も見えない手錠がかかっているからと両親のお墓に手を合わせられずにいる。

 

 来年は鑑定人尋問、再来年は再審開始をめざし再審で無実を勝ち取りたい。


【三者協議で246点の新証拠 早急に再審開始を】

2021年10月7日、東京高裁で第48回三者協議がひらかれた。弁護団が6月30日に出した検察官意見書(万年筆関連)についての求釈明書に対して、検察官は10月4日に回答を提出。弁護団は、これもふくめて、万年筆に関する検察官意見書に対する反論、反証を提出することにしています。(これまでの三者協議はこちらへ)

また、検察官は10月6日に、福江意見書について求釈明書を提出してきました。弁護団は、三者協議の場で、この検察官の求釈明がまったく的外れで、不当なものであると述べて、反論の意見書を提出することを伝えました。

協議では、スコップ関連の証拠開示について、「検察官は、警察にあったものも含めて高検に取り寄せてあり、再度調べたが、弁護団が求めるものは見当たらない」と回答したが弁護団は、この回答に納得できないとして何らかの意見を出すことにしている。

弁護団は、今後、万年筆、殺害方法に関する検察官への反論、自白についての新証拠を提出し、それをふまえて鑑定人尋問を請求する。次回の三者協議は2022年1月下旬におこなわれる。

 弁護団は、三者協議に先立ち、10月4日に、筆跡に関する検察官意見書に対する反論の補充書と新証拠4点を提出し新証拠は246点になった。検察官は3月に弁護団が提出した筆跡についての新証拠すべてに対して再審理由とはいえないと主張する意見書を提出した。弁護団はこの誤りを明らかにする新証拠と補充書を提出した。

新証拠の1つは、アメリカの刑事手続法についての我が国有数の研究者である笹倉香奈・甲南大学教授による意見書。アメリカにおいても従来、筆跡鑑定がおこなわれて裁判の証拠とされてきたが、1980年代末に、筆跡検査がどこまで有効なのかを実証研究した論文をきっかけに、こうした従来の形態比較による筆跡鑑定の科学性に疑問が指摘されるようになったこと、実際に筆跡検査が証拠として採用されなかった裁判例が報告されている。

一方、狭山事件で有罪判決が証拠の主軸とした3つの筆跡鑑定は、いずれも人が字の形を観察して類似性や相違性を見て同筆かどうかを判定する、いわゆる伝統的筆跡鑑定で警察組織の鑑定人ばかりが鑑定していた。

検察官の意見書は、ことあるごとに、弁護側の筆跡鑑定よりも警察による3鑑定の方が専門家によるもので信頼性が高いと、なんの具体的根拠もなく主張しています。しかし、笹倉意見書が報告するアメリカにおける筆跡鑑定の科学性をめぐる研究や判例、我が国における判例や警察で鑑定してきた人の指摘にも反する、まったく間違った意見です。

新証拠の2つめは、福江鑑定人による意見書です。

検察官意見書は、福江鑑定について、同じ人でも書くときの書字環境によって筆跡に違いが生じることを考慮していないとしていますが、まったく見当違いの批判です。

福江鑑定は、同じ人でも書くたびに字形が違う(書きムラがある)ことを前提として、検査資料の筆跡を重ね合わせたときのズレ量をコンピュータを使って計測し、そのズレ量(筆跡の相違度)が、同一人の書きムラなのか、別人の筆跡の違いなのかを統計的に判定している。検察官意見書は、福江鑑定の手法についてのケチつけのような批判をしていますが、すべて間違っているか的外れなものであることを福江意見書、補充書は指摘しています。 

新証拠の3つめは、第3次再審で、石川さんの読み書き能力を鑑定した森実・大阪教育大学名誉教授による補足鑑定書です。

検察官意見書は、石川さんが事件発生前に勤めていた工場で提出した早退届や通勤証明交付願において筆勢・筆速のある漢字を書いているとして、もともと脅迫状を書ける書字能力があったと主張しています。

これに対して、森補足鑑定は、それら書類に書かれている漢字は名前と住所、駅名などのわずかな文字であって、(本件前に)「筆勢・筆速のある漢字」を数文字書いていただけでは、読み書き能力があったことの証拠にはならないと指摘。また、石川さんが書いたものを見ていくと一貫して名前は漢字で書いています(しかし「石川一夫」と間違って書いており、「石川一雄」と正しく書けるようになったのは浦和拘置所に移って以降)が、名前以外はほとんどひらがなであり、ひらがなも含めて誤字や誤用がたくさん見られます。名前は書き慣れているからであって、名前を筆勢・筆速のある漢字で書いていたから脅迫状を書ける書字能力があったなどとは言えない。

検察官があげる事件前の文書8件には文書1件に出てくる漢字は全部で66文字(つまり文書1件につき漢字8文字)ですが、その約4割が誤字です。一方、脅迫状には漢字が67文字ありますが、誤字はまったくありません。(当て字はありますが)森補足鑑定は、石川さんの当時の読み書き能力は小学校1年生終了以前の段階と見られ、脅迫状を書くことはできなかったと考えられるとしています。

【布川事件で国、県に賠償命令!次は石川さんの無実を勝ち取ろう】

1967年に茨城県利根町布川で起きた「布川事件」で強盗殺人罪に問われ、2011年に再審無罪が確定した桜井昌司さん(74)が、国と県に損害賠償を求めた国家賠償請求訴訟の控訴審判決で、東京高裁の村上正敏裁判長は2021年8月27日、警察官に加え、捜査段階の検察官の取り調べについても「虚偽の事実を述べ、自白を強要させており違法だ」と認め、国と県に計約7400万円の支払いを命じました。 

桜井さんは20歳の時に知人の杉山卓男さんとともに逮捕され密室の取り調べの中でウソの自白に追い込まれ、その後無罪を訴え続けましたが29年間収監されました。仮釈放後64歳の時に無実が認められました。2020年にガンの余命宣告を受けましたが、その後も精力的に活動を進め、今年5月にはビデオメッセージを寄せていただいています。毎年おこなわれる狭山中央集会にもえん罪被害者の仲間とともに駆け付けていただき、「石川さんの無実は確実だ」と応援メッセージを寄せてくれています。

 

桜井さんの次は、石川さんです。狭山事件の再審開始を実現させて無実を勝ち取るためにこれからも粘り強く取り組んでいきたいと思います。(写真は2018年に狭山事件の現地調査をおこなったあとに撮影しました。左から菅家利和さん、石川一雄さん、石川早智子さん、桜井昌司さん)


【寺尾判決から46年 石川さんが現地調査】
 狭山事件で有罪確定判決となっている2審・東京高裁の無期懲役判決(寺尾判決)から46年を迎えた2020年10月31日に石川一雄さんは石川早智子さんとともに狭山現地をおこないました。その様子が「狭山差別裁判第510号」に掲載されているので紹介させていただきます。
 密室の取り調べによって石川さんは警察に騙されてウソの自白を自供しました。その自白に沿って狭山現地や遺体発見現場、スコップ発見現場を歩きました。

 自白の通りにたどるとあらゆるところで矛盾な点が多くあり、石川さんの無実を確信できます。狭山事件の事実調べ、現地調査を実施し、一日も早く再審無罪を求めています。

 石川一雄さんは「判決の前の最終意見陳述の時に寺尾裁判長をしっかり見て訴えたけど、あのとき、寺尾裁判長は目をそらしたように思いました。もう有罪の結論をもっていたんでしょうね」とのべ、判決の日は無罪になると思っていたので判決が出た後に拘置所に帰るときは足が重かった。当時のことを思い出すと悔しいし腹が立ちますねと語りました。

 石川早智子さんは、「東京高裁の大野裁判長には本当に鑑定人尋問をやってほしいと改めて強く思いました。『出会い地点』から『犯行現場』へむかう農道を歩くと高校生の被害者が抵抗もしないでついていったという自白は絶対おかしいと思います」と語りました。
 寺尾判決ではその不自然な経過について「とっさの出来事だったからズルズルとついていったということも考えられる」と不可解な判決を出しています。
 新型コロナの感染が拡大する中、狭山市民集会やあが中止になり、石川一雄さんは感染防止のため人との接触を避け、健康に留意されています。再審の扉をあけるために、要請はがき行動にとりくんでいただきますようお願いします。

※狭山差別裁判の冊子は部落解放同盟中央本部で購入できます。
 連絡先 電話03-6280-3360


今年中に再審の扉を    激励はがきが届きました】
えん罪狭山事件のホームページは、石川さんが有罪とされた一つ一つの証拠をもとに不自然な点を紹介し、狭山事件を知らない若い世代をはじめ多くの人へ石川さんの無実を届けたいという思いでスタートし、これまでのアクセス数は18000件を超えています。
 その思いが通じたのか、先週(2020年6月)、府連事務所に千葉県在住の方から激励のはがきが届きました。そこにはこのサイトを素晴らしいと言っていただき「これを機により多くの人が狭山事件に関心を持ってくれるよう願っています」と書かれていました。
 その後、はがきに書かれたメールアドレスへ連絡をとり、このホームページと解放新聞大阪版に掲載する許可を得ることができ「石川さんの再審の扉をぜひ今年中にも開きたい」、「皆様も、検察の態度には歯がゆい思いでいらっしゃると思いますが私のように、遠くからでも、石川さんや石川さんへの支援活動に声援を送る者がこの社会には多くいること、あたまのすみにとどめて頂ければ幸いです」と言っていただきました。
 小さなことからコツコツととりくんできたことが遠く千葉にまで届いていたことを知り大変感動した次第です。日々更新を重ねていこうと思いました。 
 

 2019年5月23日付朝日新聞(東京版)に一面の意見広告に掲載されましたので紹介します。
 

 


 狭山事件の再審開始を求める意見広告が10月28日付の朝日新聞大阪本社版に掲載されました。
 不当判決から44年目の10.31にむけて企画したもので、石川さんと同じ「獄友」、布川事件の桜井昌司さん、足利事件の菅家利和さんのふたりが石川さんとともに狭山事件の現地を歩き、「自白」の矛盾を実感する記事を中心としてじっくり読んでいただければ狭山事件の真実がわかる内容となっています。